第1777話 陽華と影人(4)
「うーん、美味しい! やっぱりここの鯛焼きは最高だね!」
約10分後。陽華は歩きながら買った鯛焼きを頬張っていた。鯛焼きは熱々で中のあんこも程よく甘い。陽華は顔を綻ばせた。
「はあー、ったく何でこんな事に・・・・・・」
陽華の隣で影人が大きなため息を吐く。影人の手には陽華と同じく鯛焼きがある。ただし、味はあんこではなくカスタードだった。単純に影人の好みである。
「ほら、帰城くんも早く食べて! 鯛焼きは熱々の方が美味しいから!」
「別に俺は冷めても美味いと感じる派だ。というか、本当によく食うなお前は・・・・・・」
影人は陽華の左手にある紙袋を見つめた。陽華が買った鯛焼きは1個ではない。10個だ。味はあんこが3にカスタードが3、抹茶が2にさつまいもが2。いくら鯛焼きがおやつ感覚で食べられるといっても限度がある。影人は陽華の大食いぶりに改めて呆れていた。
「えへへ、これくらい食べないと満足できなくて」
「そうかよ。・・・・・・ん、確かに美味いな」
「でしょでしょ! 私も明夜もここの鯛焼きが1番好きなの!」
鯛焼きを齧りそんな感想を漏らした影人に、陽華はパァと明るい顔を浮かべた。
「でも、何か変な感じだね。帰城くんとこうして2人でいるのって。帰城くんと会う時って、大体明夜とか香乃宮くんが一緒だから」
「・・・・・・そうだな。俺からすれば月下と一緒にいないお前は珍しい。お前ら基本的にずっと一緒にいるからな」
「あはは、そうだね。でも、私と明夜も常に一緒ってわけじゃないよ? 明夜は書道部があるし、私は部活やってないから」
適当に食べ歩きながら影人と陽華はそんな会話をした。陽華の指摘通り、なんだかんだこの組み合わせは珍しい。ちなみに、明夜が今日いないのは今言った部活のためだと陽華は付け加えた。
「・・・・・・お前みたいな運動神経抜群の奴が帰宅部っていうのも珍しいがな。お前、何で部活には入ってないんだ?」
「うーん、特定のスポーツが好きとかないっていうのが1番の理由かな。後は放課後の食べ歩きが好きだから! 帰城くんは何で帰宅部なの?」
「単純に面倒くさいからだ。後は群れるのが好きじゃないからな」
「うわー、帰城くんっぽいね」
「おい、朝宮。どういう意味だよそれは」
苦笑いを浮かべる陽華に影人がそう突っ込む。元気いっぱい明るい華やかな女子高生と、陰気いっぱいの前髪系男子高校生の組み合わせは、一見すると中々にアンバランスだったが、どうしてか不思議と合っているように思えた。
「帰城くん、改めてありがとうね。さっき私を助けてくれて。本当に助かったし、嬉しかった。帰城くんはいつも私たちを影から助けてくれるね」
「・・・・・・見てて危なっかしいからなお前らは。それに、いつもってわけじゃない。最近は、別にスプリガンとしてお前らを助けてなかっただろ」
「ううん。帰城くんはいつも私たちを助けてくれてるよ。物理的にじゃない。心の中で。どんなにピンチになったって帰城くんがいるって思えるから、私や明夜は全力で戦えるんだよ。だから、帰城くんはずっと私たちを助けてくれてるんだよ」
「っ・・・・・・」
陽華は全幅の信頼を乗せた目を、暖かで優しい笑顔を影人に向けた。真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐにそう言われた影人は、一瞬面食らってしまった。
「・・・・・・いきなり何を言ってるんだお前は。バカが。お前はバカだ」
「何で急にバカ呼ばわり!? 酷いよ帰城くん! 私、明夜じゃないんだよ!」
「いや、今のお前の言葉の方がよっぽど酷いだろ・・・・・・」
膨れる陽華に影人がそう言葉を返す。そして、影人は気づけばフッと笑っていた。
「・・・・・・ああ、そうだ。朝宮、この前のイズを救う云々って話だが、俺も賛成派に回ってやるよ」
「え・・・・・・? い、いいの? でも、何で急に・・・・・・?」
唐突にそんな事を言い出した影人に、今度は陽華が面食らった。影人はフェルフィズとイズと話をした事を誰にも報告してはいない。本来ならば、間違いなく誰かに言った方がよかったのだが、そうすると無駄に誰かが心配するだろうと思い、影人は誰にもその事を言っていなかった。そのため、影人がイズを救うと決めた事も誰も知らなかった。影人は初めてイズを救う側に回るという事を陽華に伝えた。
「・・・・・・大した理由はない。ただ、確かにあいつを説得して戦わなくてすむならそれに越したことはないと思っただけだ」
「そ、そうなんだ・・・・・・意外だな。帰城くんは最終的に反対の立場になると思ってたんだけど・・・・・・でも、うん。嬉しいな! 帰城くんが賛成してくれるならきっと大丈夫だよ!」
「根拠もクソもない自信だな。・・・・・・でもまあ、お前らしいぜ」
弾けるような笑顔で陽華はそう言った。影人は呆れ半分安心半分といったような顔で口角を少しだけ上げた。
「俺が賛成に回ってやったんだ。絶対にやり遂げるぞ。奇跡を起こすぜ」
「うん! 私たちで起こそう奇跡を!」
鯛焼きを1つ食べ終えた陽華がグッと拳を握る。
(ああ、何でだろう。私とっても・・・・・・とっても幸せ! 嬉しいな、楽しいな、幸せだな!)
陽華はトクントクンと胸が高鳴り、心地の良い高揚を感じていた。陽華は隣にいる影人を見つめ――
「えへへ」
気づけば自然と笑っていた。
「? 何だ。何でそんなニヤけが止まらないって感じの顔してんだよ?」
「別に何でもないよ〜えへへ」
「? ・・・・・・分かんねえ奴」
変わらずにニヤケ続ける陽華に影人はそう呟いた。それからしばらくの間、2人は他愛のない話をしながら放課後の街を進んで行った。




