第1774話 陽華と影人(1)
「・・・・・・」
フェルフィズに脅され神社で話し合いをして数日経った頃。学校指定の夏服に身を包んだ影人は、ボーっと自分の席で考え事をしていた。
(俺に会いに来たあの日から、フェルフィズの奴はまだ何もアクションを起こしてない。あの時あいつが言っていた、具体的に現状を打破する方法は思いついてないって言葉は本当だったってわけか・・・・・・いや、それともまだ準備に時間が掛かってるのか? まあ、結局どっちなのか俺には分からねえが)
あの日からずっと影人の頭の中にはフェルフィズとイズの事がチラついていた。もちろん、今までもチラついてはいたが余計にだ。なので、結局ここ数日間の授業の内容は頭の中には全く入ってきていない。
「・・・・・・さん」
(フェルフィズの奴は本当に俺を殺さなかった。殺そうと思えばいつでも殺せたのに。奇襲もしてきていない。残虐で狡猾で愉快犯なクソ野郎と思ってたが・・・・・・変に律儀に自分の言葉を守る。分からねえな。あいつって存在が)
もちろん狂った神を理解するつもりはないし、しようとも思わない。だが、考えてみれば自分はフェルフィズという神の事をよく知らない。ソレイユから聞いた話では、ある日唐突に狂い、全てを殺す大鎌を造り、それで神を殺した忌むべき神。
実際に影人が会ったフェルフィズも、忌神と呼ばれるに相応しい邪悪極まりない存在だ。影人はフェルフィズが嫌いだ。反吐が出るほど嫌いだ。自分を殺そうとし、レイゼロールを悲しませ、光と闇の長きに亘る光と闇の戦いの原因を作り、そして今この事態を引き起こしているフェルフィズを影人は許さない。
(フェルフィズは何で狂ったのか。元々、あいつがどんな奴だったのか。多分、知ってるのはフェルフィズと同じ古き神であるガザルネメラズのじいちゃんだけか)
一旦聞きに行ってみるか。ガザルネメラズもまた話がしたいと言ってくれていたし。影人はぼんやりとそんな事を思った。
「帰城さん!」
「ん? どうした春野?」
隣から聞こえて来た声で、影人は思考の海から現実世界に引き戻された。影人は隣の海公にそう聞き返した。
「もう放課後ですよ。大丈夫ですか? 何回もお呼びしたんですけど・・・・・・」
「ああ、そうだったのか。悪い、ちょっと考え事しててよ。そうか、もう放課後か・・・・・・」
海公が心配そうな顔を浮かべる。影人は海公に軽く謝ると周囲を見渡した。確かに、クラスメイトたちがどんどんと外へと出て行っている。
「お悩みですか? もしよろしかったら相談に乗りますよ。といっても、僕なんかがお力になれるかどうか分かりませんが」
「ありがとな。嬉しいよ。でも、悩みとかじゃないんだ。本当にちょっとした考え事なんだよ。だから大丈夫だ」
「そうですか。ならよかったです」
影人は自然と小さく笑みを浮かべ首を横に振った。海公はホッとしたように柔らかな顔になった。
「本当、春野はいい奴だよな。俺なんかを気遣ってくれるし」
「なんか、じゃないですよ。僕にとって帰城さんは大切な方ですから」
「やめとけよ。俺をそんなに高いところに位置付けてもいい事は何もないぞ。いや、マジで」
自分なんかを大切な人と考えている陽華と明夜がどれだけ苦労してきたかを知っている影人が、どこか真剣に警告する。だが、海公は影人の忠告が冗談や気恥ずかしさからだと思ったのか、真に受けなかった。
「あはは、そうですかね。それより帰城さん、今日はこの後お時間はありますか? その、帰城さんと遊びたいなーなんて思って・・・・・・」
海公は言葉に出すのは恥ずかしかったのか、少し照れたように影人を上目遣いで見上げて来た。その仕草は意図してか意図せずしてか。どちらにせよ、男女問わずハートを撃ち抜かれそうな可愛いらしさがそこにはあった。




