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変身ヒロインを影から助ける者  作者: 大雅 酔月
1769/2051

第1769話 語らい2(4)

「まあ気持ちは分かりますが、落ち着いてくださいよ影人くん。せっかくこんな面倒な茶番まで仕込んだんです。ほら、どうぞ掛けてください」

「・・・・・・それは命令か?」

「お願いですよ。まあ、受け取り方は影人くんに任せますが」

 影人が低い声でそう問う。フェルフィズはスーツの首元を緩めながら薄い笑みを浮かべた。

「・・・・・・ちっ」

 影人は舌打ちをするとドカリと再びベンチに腰を下ろした。イズは少し離れた所から、監視するようにジッと影人を見つめていた。まるで、いつでも影人を殺せるかのように。

「ああ、よかった。思いの外冷静で助かります」

「御託はいい。さっさと話せ。俺に何の用だ?」

 わざとらしく息を吐くフェルフィズに、影人は不機嫌丸出しの声でそう返す。

(状況は最悪だ。だが、取り敢えずシトュウさんやソレイユに伝えねえと)

 影人はまずは内心でソレイユに呼びかけた。だが、どういうわけかソレイユは反応しなかった。

(っ? ならシトュウさんに・・・・・・)

 影人がシトュウに念話を行う。しかし、シトュウもなぜか反応を返してこなかった。影人は思わず不可解といった表情を浮かべた。

「何かしようとしているようですが無駄ですよ。あなたが私と出会った瞬間から、この周辺には人払いの結界と、通信を無効化する結界を展開していますから」

「・・・・・・厄介なもの張りやがって」

 影人がそう吐き捨てる。念話が出来ないのは、念話が通信手段と結界に認識されているためだろう。助けを求める事はできない。フェルフィズの周到な罠に、影人はまんまと嵌ってしまったのだ。

「こうでもしないと、あなたと2人きりでゆっくり話せませんからね。まあ許してくださいよ」

「何が話だ。俺はお前と話す事なんざ何もねえよ。早く死ね」

 影人は不愉快極まりないといった様子でフェルフィズから顔を背けた。

「つれませんねえ。そして、随分と嫌われたものだ。まあ気持ちは分からなくもないですが」

「分からなくもないじゃねえんだよ。ちゃんと分かれ。そして死ね」

「死ね死ねと酷いですね。泣きそうです。まあ、これでも飲んで機嫌を直してくださいよ」

 フェルフィズは芝居がかった様子でそう言うと、持っていた鞄の中から赤紫の液体の入ったボトルを取り出した。

「・・・・・・何だそれは?」

「ワインですよ。大体100年くらい寝かせてあります。美味しいですよ。ああ、グラスもちゃんと持って来ていますのでご安心を」

 訝しむ影人にフェルフィズはニコリと笑った。そして、鞄から薄い紙に包まれていたガラスのグラスを2つ取り出した。

「は・・・・・・? どう見ても毒入りだろそれ。誰が飲むかよ」

「毒なんて入ってませんよ。証明のために毒味でもしましょうか?」

「お前が毒味をして信用できると思うか?」

「全く疑り深い。なら、こう言いましょうか。私はいつでも()()()()()()事が出来た。だが、あなたを殺さず現在の状況をわざわざ作った。ここまで言えば、このワインに毒が入っていなくとも信用できるでしょう」

「っ・・・・・・」

 少し冷めた口調でフェルフィズはそう言った。その言葉を聞いた影人が思わず苦い顔を浮かべた。

(そうだ。こいつはいつでも俺を殺す事が出来た。俺は油断しきっていた。多分だが、イズの奴も俺に気づかれないようにずっと近くにいたはずだ。どうやってこいつが俺の居場所を知ったのかは知らないが・・・・・・こいつの言葉は間違いなく事実だ)

 影人の理性がそう告げる。影人は改めてフェルフィズに生殺与奪の権利を握られているという事実に苛立ちと焦りを覚えた。

「ちっ・・・・・・確かにそのワインに毒は入ってねえみたいだな。だが、どっちにしろ俺は飲まねえぞ。酒を飲める年齢じゃないしな」

「はあ? たかだか2、3歳の差でしょう。そんなもの誤差ですよ誤差。それに、昔の人間はもっと若い時から酒を飲んでいましたよ」

「知るか。昔は昔。今は今だ。とにかく酒は飲まねえよ」

 呆れたような顔になったフェルフィズに影人は改めてそう言った。影人の頑なな態度にフェルフィズは諦めたようにため息を吐いた。

「はあー、現代の若者は変に真面目というか嘆かわしいというか。残念ですね。私は君と一杯飲む事を楽しみにしていたんですが」

「ふん、俺は遵法意識が高いんだよ。あと、笑えない冗談は止めろ」

「冗談ではないですよ。それと、君の遵法意識が高いというのは嘘でしょう。私の家を壊したのは普通に犯罪ですよ」

「はっ、根に持ってるのか? 俺を殺そうとした奴の家壊して何が悪いんだよ」

「それは悪人なら何をしてもいいと言ってるようなものですよ。法とは誰にも平等なものだ。聖者だろうが悪人だろうがね。遵法意識が高いなら、それくらいは理解しなければ恥ずかしいですよ」

「うるせえよ。お前人間じゃないだろ。人間じゃない奴が語っても説得力ねえぞ」

「おや、これは1本取られましたね。確かに、神たる私は法の範囲外だ」

 フェルフィズは楽しそうに笑った。その笑顔を見た影人は更に不愉快な気持ちになった。フェルフィズの楽しげな笑顔など気持ち悪さしかない。

「・・・・・・何が目的でこんな状況を作った? 何で俺の居場所が分かった? 何で俺を殺さなかった?」

 影人が核心を突いた質問をぶつける。フェルフィズは片手で空のグラスを弄ぶ。

「言ったでしょう。君と一杯飲みたかったからですよ。覚えていますか? 過去に私が君を刺した時に言った言葉を。私は君にこう言いました。もし君が生きて私と会うような事があれば、乾杯でもして語らおうと。昨日急にその事を思い出しましてね。せっかくだから実行しようと。この状況を作った理由と君を殺さなかった理由はそういう事です。なぜ居場所が分かったのかという理由については・・・・・・まあ、イズが関わっているとだけ言っておきましょうか」

「っ・・・・・・」

 影人は無意識にフェルフィズに刺された箇所に手をやりながら、あの時の事を思い出す。あの時の事は今でも鮮明に影人の記憶に刻み込まれている。痛みも。怒りも。言葉も。確かに、フェルフィズは冗談気味にそんな事を言っていた。

「・・・・・・気色悪い律儀さだな。死ね」

「自分の言葉には責任を持たなければなりませんからね。さて、語らいはそれなりに出来ていますが、肝心の乾杯が出来ていませんね。君は酒は飲まないと言うし・・・・・・仕方ない」

 フェルフィズはゴソゴソと鞄の中から黒い財布を取り出した。「一応日本円を持って来ておいて正解でしたね・・・・・・それと、確か日本の自動販売機は高額紙幣が・・・・・・」と小さく呟いたフェルフィズは、そこから千円札を1枚取り出すと、それを影人の方に向けて来た。

「これで何か好きな飲み物を買ってきなさい。確か、近くに自動販売機があったでしょう。イズ、影人くんが逃げないように付き添いを頼みます」

 そんな事を言ってきた。

「了解しました」

 そして、イズも何の問題もないように頷いた。

「・・・・・・・・・・・・は?」

 あまりにも意味不明な状況に、影人はポカンとその口を大きく開けた。

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