第1746話 元の世界への帰還(1)
「――っていうわけで、俺たちは元の世界に戻らなきゃならなくなった。・・・・・・だから、悪いな。旅はここまでだ。キトナさん」
フェルフィズがヘキゼメリを崩してから約1時間後。影人たちは、一旦血影の国の不夜の祖城に戻っていた。そして、影人は城で待機していたキトナに今までの事情を話し、そう告げた。
「・・・・・・そうですか。それは、大変な事になりましたね。ええ、私の事は気になさらないでください。皆さんは、皆さんの為すべき事をなさってください」
影人の言葉を受けたキトナは重々しく頷くと、真剣な顔で影人や、その周りにいたシェルディア、ゼノ、フェリートにそう言葉を述べた。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるわ。ああ、でもキトナ。別にあなたが望めば、私たちに着いて来てもいいのよ。こんな時に言うのはあれだけど・・・・・・正直、ワクワクするでしょ? 違う世界に行くことは」
「っ、シェルディア様。戯れが過ぎますよ」
どこか悪戯っぽい顔でそう言ったシェルディアにフェリートが咎めるように言葉をかける。だが、シェルディアは「別に戯れではないのだけれどね」と軽く息を吐いた。
「ただ、あなたにとって向こう側の世界は未知で、色々と勝手は違うわよ。向こうではあなたのような獣人はいない。行くなら自分を偽らなければならない。それでも、あなたは来たい? キトナ、あなたに選択肢をあげるわ。さあ、どうするの?」
「で、でも、私が着いていけば足手纏いになるのでは・・・・・・」
「別にそんな事はないわよ。ねえ影人、ゼノ?」
シェルディアが影人とゼノにそう振った。影人とゼノはそれぞれこう答えた。
「まあ、正直今までとあんま変わらないからな。キトナさんが着いてきたいってなら、好きにしたらいいと思うぜ」
「俺も同じかな」
「ほら、2人もこう言ってるでしょ。あなたもそう思うわよね? フェリート」
「はあー・・・・・・ええ、そうですね」
フェリートは諦め切ったようにシェルディアに同意した。ここで反論しても無駄だということをフェリートは既に悟っていた。
「ほら、全員いいって言ってるわよ。キトナ、あなたの素直な心に従いなさい」
「わ、私は・・・・・・」
キトナは一瞬逡巡した様子になった。しかし、やがて決心したようにその両の目を見開いた。
「行きたいです。私も影人さん達の世界に一緒に行きたい。だから皆さん、私も連れて行ってください!」
「いい答えね。そうよ、キトナ。いついかなる時でもチャンスは掴まなくてはならないわ」
キトナの答えを聞いたシェルディアは満足そうに頷いた。
「やれやれ・・・・・・」
「ん、改めてよろしくね」
「はっ、自分の欲望に素直になるのはいいことだぜ」
フェリート、ゼノ、影人もそれぞれの反応を示した。すると、ずっと影人たちの近くにいたシスがイスから立ち上がった。
「ふん、くだらん話は終わったか。終わったのならば、さっさと異世界とやらに行くぞ」
「分かっているわよ。幸い、亀裂は所々に広がっているから、どこからでも向こうの世界には行けるはずよ」
亀裂の先の空間は影人たちの世界に繋がっている。その情報を影人から聞いた(影人はシトュウから聞いた)シェルディアはシスの言葉に頷いた。
「というか、あなたも着いてくる気なのね。いいの? どれくらいの時間が掛かるかは分からないけど、この世界を留守にして」
「当然だ。あのふざけた神をこのままにしておくなど、俺様の矜持が許さん」
シスは不機嫌そうな顔を浮かべると、こう言葉を続けた。
「そして、少しの時間俺様が留守にしたところで問題はない。俺様の同胞は弱くはないからな。それは貴様も知っているはずだ」
「・・・・・・ええ、そうだったわね。私としたことが愚問だったわ」
「そういう事だ。しばらくの間、この国は任せたぞハジェール」
シスは側に控えていたハジェールにダークレッドの瞳を向けた。
「謹んで承りましたシス様。この国のことは私や、同胞たちにお任せください」
ハジェールが恭しく腰を折る。シスはハジェールから視線を外すと影人たちに視線を移した。
「行くぞ。案内しろ、お前たちの世界にな」
「はっ、分かったよ。案内してやるよ、真祖サマ」
影人がシスに対しそう返答する。こうして、影人たちは唐突に自分たちの世界に帰る事になったのだった。




