第1741話 天狐の助力(4)
「死か。ふん、そんなものは・・・・・・」
白麗が言葉を紡ごうとする前に、イズは大鎌を振るった。今回も意識したのは空間。イズと白麗の距離だ。イズが大鎌を振るうと同時に絶対死の斬撃が白麗を襲う。それは不可避の一撃。結果、白麗の体は切り裂かれ、赤い血の花が咲いた。
「これ以上、あなたに割く時間はありません」
「っ、白麗さん!?」
イズは無情に宣告を下し、それに気づいた影人が衝撃を受けた声を漏らす。フェルフィズの大鎌の全てを殺す力を相殺できるのはあくまで影人だけ。それ以外の者があの斬撃を受ければ、結果は火を見るより明らかだ。『破絶の天狐』白麗は死――
「・・・・・・全く、話を聞かん奴じゃな」
――にはしなかった。白麗は呆れたようにそう言うと、イズのすぐ近くに尾を呼び出しその尾でイズを叩き飛ばした。まさか反撃されると思っていなかったイズはその攻撃に反応する事が出来なかった。
「っ!? なぜ・・・・・・」
飛ばされる途中で自動制御したイズが驚いた顔で白麗を見つめる。影人も訳が分からず、イズと同じような顔を浮かべていた。
「着物が血で台無しじゃ。この代償は高くつくぞ」
白麗は冷たい瞳をイズに向けると、右手をイズの方へと向けた。そして、次の瞬間白麗の瞳に魔法陣が刻まれる。結果、イズは5秒前の状態と位置に戻る。白麗は予めその場所に尾を出現させ、その尾を大鎌に巻き付け無理矢理に大鎌を奪い取った。
「っ・・・・・・」
「5秒前に自分がどこにいるか、どんな状況などを一々把握しておく事は難しいじゃろう。アオンゼウの器を以てしてもまだ対応は出来んはずじゃ。対して、力を使う側である妾は・・・・・・言うまでもないじゃろ」
奪い取った大鎌を自分の手元に運ばせた白麗が美しも冷たい笑みを浮かべる。その光景を見ていた影人は思わず笑ってしまった。
「は、ははっ・・・・・・凄え。さすが嬢ちゃんとタメを張る化け物だ・・・・・・」
「聞こえておるぞ。女に向かって化け物とは失礼じゃの。お主はさっさとレクナル達を起こさんか」
「っ、はいよっと」
白麗はジトっとした目を影人に向けた。影人は慌てて自分がするべき事に向き合った。
「・・・・・・分かりません。あなたは確かに死んだはずです。なのに、なぜ生きているのですか」
「不思議で仕方がないといった様子じゃの。無理もない。妾の命の仕組みを知っている者は、全くと言っていいほどおらんからの。前回のアオンゼウ戦の時も妾は死んでおらんし」
イズの言葉に白麗はクスリと笑った。そして、白麗はこう言った。
「いいじゃろう。特別に教えてやろう。その顔が絶望する様も見たいしの。先ほど、お主は言ったの。死を知れと。妾は死を知っておる。幾度となくな。そして、その度に蘇ってきたのじゃ」
「っ、まさか・・・・・・」
イズは白麗の言わんとしている事を察した。白麗は1度ゆっくりと頷くと、言葉を続けた。
「そうよ。妾の命は代替制。死すれば保存されている次の命を使って蘇る事が出来る。今の妾の命の数はいくらじゃったかの。100を超えた辺りから数えるのをやめたせいで分からんのう」
「・・・・・・マジかよ」
自身の命の秘密を開示した白麗。その言葉を聞いていた影人は思わずそう呟く。つまり、白麗を殺すには最低でも後100回は殺さなければならないという事だ。味方であってもゾッとする事実だ。
「・・・・・・やはり、そうですか。面倒な存在ですね」
「お主にだけは言われたくないがの。アオンゼウの器に宿りしこの大鎌の意思よ」
天眼によって既にイズの正体を知っていた白麗がイズにそう言葉を返す。すると、そのタイミングで、
「ん・・・・・・?」
「っ・・・・・・」
レクナルとシェルディアが目を覚ました。影人が仮死を解除したのだ。シス、フェリート、ゼノ、ハバラナス、へシュナの仮死も解除したので、他の者たちもいずれ意識を取り戻すはずだ。
「ありがとう白麗さん。おかげで全員の仮死を解除できた。しかも、『フェルフィズの大鎌』まで奪ってくれるなんて・・・・・・本当、完璧お姉さんだな」
「ほほほほっ、そうじゃろうそうじゃろう? 良いぞ良いぞ、もっと妾を褒めるがよい。妾は最強じゃ」
影人にそう言われた白麗は目に見えて上機嫌になった。本人にこんな事を言えば怒られるだろうが、どこかポンコツ可愛いおばあちゃんのようだ。まあ、あくまでイメージだが。
「さて、形勢逆転だぜ。『フェルフィズの大鎌』がないお前ははっきり言ってそんなに怖くねえよ。終わりだ、フェルフィズの大鎌の意思。もちろん、お前の後ろにいるフェルフィズもな」
影人ははっきりとイズに向けてそう宣言した。その言葉を受けたイズは軽く目を伏せた。
「・・・・・・愚かな状況判断ですね。その大鎌が私であるという事を、あなたは分かっているようで分かっていない」
「っ? どういう意味だ?」
影人が疑問の言葉を投げかける。すると、ずっと人形たちに守られながら傷を癒していたフェルフィズが、イズにこう言葉をかけた。
「イズ、もう大丈夫です。仕込みの方も終わりました」
「了解しました製作者」
イズが右手を白麗の方に向ける。すると、尾に握られていた「フェルフィズの大鎌」がカタカタと1人でに揺れ始めた。そして、大鎌は勝手に動き始め尾を切り裂いた。
「っ・・・・・・」
「なっ・・・・・・」
その光景を見た白麗と影人が目を見開く。大鎌はそのまま空中を滑り、イズの手元へと戻っていった。
「これは私の体です。意思である私に操れない理由はありません」
「そして・・・・・・これで終局です」
イズは大鎌をしっかりと握った。そして、イズに続くようにフェルフィズがそう言葉を放ち、右手を地面に置く。すると、フェルフィズの右手を中心に巨大な赤い魔法陣が出現した。
「忌神である我が望み給う。我が前に一端となって顕現せよ。其が名は・・・・・・世界の流れ」
次の瞬間、ゴゴゴゴと地面が揺れた。そして、フェルフィズの前の地面が隆起し、
「・・・・・・」
そこから淡く輝く何かが出現した。
「っ、あれはまさか・・・・・・いかん、奴を止めろ!」
白麗が何かに気づいたように声を上げる。だが、時は既に遅かった。
「ひひっ、これでやっと・・・・・・あははははははははははははははははははははッ!」
フェルフィズは突然狂ったように笑うと、懐から複雑な紋様が刻まれたナイフ――霊地を崩す道具――を取り出すと、そのナイフを淡く輝く何かに突き刺した。
瞬間、再び世界が揺れた。




