第1735話 死と死(2)
「『フェルフィズの大鎌』の意思・・・だと・・・・・・? そんな、そんなモノが・・・・・・武器に意思が宿るっていうのか・・・・・・」
「日本人の君がそんなに驚く事ですかね。日本には付喪神という概念があるでしょう」
「あれはあくまで伝説・・・・・・っ」
フェルフィズが軽く首を傾げる。影人は思わずそう言い掛けたが、途中でイヴの事を思い出した。そうだ。それを言うならば、スプリガンの力の意思たるイヴも似たような存在だ。
「まあ、取り敢えずそれが事実ですよ。今、魔機神アオンゼウの体の中にいるのは、私の最高傑作『フェルフィズの大鎌』の意思であるイズです」
「そうかよ・・・・・・よりにもよってとんでもないモノを入れやがったな。流石は最低最悪のクソ野郎だ」
「褒め言葉として受け取っておきましょう。しかし意外に元気ですね。お仲間は全員死に、あなただけが生き残ったというのに。悲壮感や絶望や怒りはないのですか? だとしたら、あなたは随分と冷たい人のようだ」
フェルフィズが煽るような少しガッカリとしたような様子になる。影人はその言葉に敢えて小さく笑ってみせた。
「はっ、そいつはご期待に応えず悪かったな。だが、お前何か勘違いしてるみたいだな。確かに、そいつらは死んでるが・・・・・・死に切ってはいねえよ」
「っ、どういう事ですか?」
フェルフィズが不可解な表情になる。影人はフェルフィズに対してこう説明した。
「簡単だ。斬撃が届く前に俺が『終焉』の闇で先に全員に触れた。ギリギリだったがな。何とか間に合ったぜ。今は全員仮死状態だ。死んでるモノはもう殺せないだろ。まあ、斬撃自体は無力化出来なかったから、中には傷が残ってる奴もいるがな」
影人はチラリと視線を倒れている者たちに向けた。そう。ここにいる者はまだ誰も死に切ってはいない。『終焉』の力がなければ助けきれなかった。影人は自分にこの力を託してくれたレゼルニウスに改めて感謝した。
「おや、それはそれは・・・・・・全く、君はいつでも私の邪魔になりますね。本当に・・・・・・早く死んでくださいよ」
フェルフィズは吐き捨てるようにそう言った。その顔色は不機嫌に歪んでいる。それはいつもの慇懃無礼な、ヘラヘラとした様子ではなく、フェルフィズの素の、本当の表情だった。
「何だよ。それがお前の本当の性格か? いい性格してるじゃねえか。普段のお前よりよっぽどマシだぜ」
「別に私は自分を偽っているつもりはありませんよ。ただ、あまりに邪魔な物があって苛立っているというだけです。感情を有する生物なら、大体私と似たような心境になると思いますよ」
ニヤリと笑った影人にフェルフィズは軽く息を吐く。そして、フェルフィズは改まったように小さな笑みを浮かべた。
「まあいい。しばらくあなた以外の者たちが戦闘不能になったという事に変わりはないのですから。数的有利は既に逆転しています」
「はっ、お前が数の内に・・・・・・入るかよッ!」
影人はフェルフィズに対して『終焉』の闇を放った。もう『終焉』の被害を気にしなくともいい。神すらも終わらせる闇がフェルフィズへと襲い掛かる。
「・・・・・・」
だが、フェルフィズを守るようにイズが立ち塞がる。イズは大鎌を振るい闇を切り裂いた。『終焉』と実質的に同じ力を持つ「フェルフィズの大鎌」ならば、『終焉』の闇を切り裂く事は可能だった。
「ちっ、厄介だよなそいつは・・・・・・!」
「あなたが言いますか?」
闇を相殺された影人が思わず言葉を漏らす。闇を切り裂いたイズは、背後の魔法陣から再び機械の剣と端末装置を出現させた。剣は影人に直接襲い掛かり、端末装置は影人を取り囲むように光線を放つ。
「今の俺にそんなものが効くかよ」
影人は『終焉』の闇で剣と端末装置を全て終わらせ無力化した。そして、長髪を風に揺らしイズの方へと接近する。影人は自身の右手に『終焉』の闇と自身の影を纏わせると、拳を振り抜いた。
「っ・・・・・・」
概念無力化の力を持つ障壁でも死の概念だけは無力化できない。例え、障壁に死という概念がなくとも、『終焉』はそれを超えてくる。例外なのは、あくまでアオンゼウの器だけだ。障壁を展開する事が無駄だと悟ったイズは自身の左手で影人の一撃を受け止めた。レクナルが意識を失った事により、既にイズの意識が表層に顕現した淡い光はアオンゼウの肉体の中に戻っている。
結果、アオンゼウの体に関してだけは死の概念が無力化されるという特性――特性というよりかは一種のバグと形容した方が正しいかもしれないが――が正常に働く。イズは『終焉』の闇に触れてもその意識が死滅する事はなかった。『終焉』、もとい死の概念は概念の先を行く一種当然の力という側面もあるが、アオンゼウの器の概念無力化の力の前では概念に分類されたのだ。




