第1724話 世界の存亡を懸けて(3)
「そうですね。私も朝や昼がないのは違和感を覚えます。でも、ここに住む吸血鬼の皆さんにとってはこれが普通なんですよね。常識や当たり前って、見方の角度によって簡単に変わるものなんですね」
「まあな。でも、それを考え始めたらキリがないぜ。所詮、自分は自分の事しか分からない。だからこそ、他者を理解するって行為は重要なんだろうが・・・・・・正直、それも面倒くさいからな。少なくとも、俺は俺の事しか考えたくねえよ」
適当に歩きながら、キトナと影人はそんな会話を交わす。往来を歩いている吸血鬼たちは、まだ影人やキトナが見慣れないのか視線を向けて来る者も多いが、シスの命令を受けたハジェールによって、影人たちは正式にこの国の滞在を許されていると既に周知されている。そのため、その視線は少なくとも不躾なものではないように思えた。
「・・・・・・影人さんたちはいずれまた戦いに行くのですよね」
キトナが突然そんな言葉を放つ。影人は素直に首を縦に振った。
「ああ。俺たちが追って来た神・・・・・・フェルフィズは間違いなくまた仕掛けてくるからな。次の戦いで、多分俺たちの世界とこの世界との命運が決まる。要は、絶対に負けられない戦いだ」
「・・・・・・私は影人さんたちを信じています。影人さんたちなら必ず大丈夫。勝ってくれると。・・・・・・でも、私に出来る事はそう想う事だけです。身勝手にそう想う事だけ。時々考えます。もしも私が皆さんと一緒に戦えたらと・・・・・・」
キトナがギュッと手を握り締める。そんなキトナを見た影人は思わずフッと口元を緩めた。
「・・・・・・優しいな、キトナさんは。本当、ゲームのお姫様みたいな感じだぜ」
「ゲーム? そのゲームというのはよく分かりませんが・・・・・・私は別に優しくなどは。ただ、自分が不甲斐ないと思うだけですよ」
「優しいよ。俺たちの世界から来た奴のせいで、キトナさんたちの世界は滅茶苦茶になりかけてるんだ。なのに、キトナさんは一切俺たちを責めない。キトナさんのその優しさは、正直俺たちからしてみらありがたい。素敵な女性だよ、キトナさんは」
「っ・・・・・・」
影人にそう言われたキトナは驚いたようにその目を見開いた。そして、次の瞬間にはカアッと顔を赤くした。
「そ、そそそんな事は・・・・・・! もう・・・・・・ズルいです。影人さんは急にそんな事を言うんですから・・・・・・」
「? 俺、何か変なこと言ったか?」
顔を背けたキトナに影人は首を傾げた。何が変なこと言ったかだ。前髪野郎がキザなセリフを吐くな。しかも無意識なのが余計に腹立たしい。現実世界でお前が女性に「素敵だね」なんて言おうものなら、即通報である。
「ま、安心してくれよ。何が何でも、死んでもフェルフィズの奴の思い通りにはさせねえから。だから、キトナさんはその時は悪いがまた待っててくれ。言うのは恥ずかしいが・・・・・・俺たちを信じて。それは、キトナさんにしか出来ない事だから」
影人はフッと再び笑うとキトナにそう言った。気色悪い、見るだけで心的外傷後ストレス障害になる、既に訴訟済みで有名な前髪スマイルでだ。キトナが本当に可哀想である。
「影人さん・・・・・・はい。それが私の役割なら、私は全力で皆さんを信じて待ちます」
だが、どういうわけかキトナには響いたらしい。キトナは明るい満面の笑みを浮かべた。この世は不思議である。
「っ・・・・・・」
「? どうかしましたか?」
「いや・・・・・・ちょっと俺の世界の知り合いを思い出してな。こっちの世界に来る前に似たような事を言われたなって」
不思議そうな顔を浮かべたキトナに影人はそう言葉を返した。影人の脳裏に浮かんだのは、桜色の髪のとある女神だ。その女神の顔を思い浮かべたのをきっかけとして、様々な顔が思い浮かぶ。家族。男装の友人。魂の友人たち。なぜか影人を気にかけるイケメン。そして、騒々しい名物コンビ。その他、様々な者たちの顔が。影人は少し懐かしい気持ちになった。




