第172話 魔女の力(4)
「・・・・・・・・・へぇ。あれが・・・・・・・」
キベリアからしてみれば、謎の第3者の介入により、殺せたはずの光導姫を殺せなかったという面白くない事態が起きたが、当のキベリアはさして気分を害したような雰囲気ではなかった。
(黒衣に金色の瞳、それにさっきの力・・・・・・・・うん、間違いないわね。あいつが、レイゼロール様の仰っていた『スプリガン』)
キベリアが好奇に満ちた目で、光導姫を抱えたスプリガンを観察する。スプリガンはその視線に気がついたのか、その金の瞳をキベリアへと向けてきた。
「ふふっ、初めましてスプリガン。あなたのことはレイゼロール様から兼ね兼ね聞いておりますわ。私はキベリア。どうぞお見知りおきを」
芝居がかったような感じで、キベリアが優雅に一礼する。だが、スプリガンはその一礼を無視して、抱えている風音へと言葉を放った。
「・・・・・・・・さっさと降りてくれ。重いんだよ、お前」
「なっ・・・・・・・!?」
スプリガンの言葉を受けた風音は、こんな時だというのにその顔を紅潮させる。
(な、私が重・・・・・・・・いやそんなはずないわ! 私は毎日健康的な食事をしているし! この人、なんてデリカシーのない人なの!?)
恥ずかしさと怒りが込み上げてくる。風音は「あ、ありがとうございますっ! ですが私は重くありませんッ!」と言うと、スプリガンの腕から地上へと降りた。
「スプリガン・・・・・・!」
「・・・・・・君に逢うのは2度目だね。とりあえず、礼は言っとくよ。ありがと、あのままだとかなりまずいことになってた」
光司が強い眼光をスプリガンに向ける。様々な感情が渦巻くその目は普段の光司とはどこか違った。どうやら、スプリガンに助けられた事がお気に召さなかったようだ。
そんな光司とは反対にもう1人のフードの光導姫は素直に感謝の言葉を口にした。顔は変わらずフードで見えないが、エメラルドグリーンのフードで、この光導姫が何度か見たことのある人物だとわかる。
(ん? こいつの声、なんか聞いたことあるぞ・・・・・)
そう言えば、この光導姫の声を聞いたのは初めての気がするが、初めて聞いた気がしない。
影人がその声をどこで聞いたか思い出そうとしていると、キベリアが再び影人に話しかけて来た。
「無視は流石にひどくはありません? 私の目的はあなただというのに」
「「「!?」」」
「・・・・・・・いらない人気だな」
キベリアの目的を聞いた3人は、驚いたような表情をしているが、影人からしてみれば大して驚く事でもなかった。
(目障りな俺を消すためだな。俺が目的ってことは、この戦い自体が俺を誘い出すためのものだったってことか・・・・・・・・)
自分の噂がどのように広がっているのかは正確に把握していないが、自分が出現する状況は限られている。すなわち、戦いの場だ。
(運の良い奴だ・・・・・・・・)
ソレイユから一応の保険として、戦いを観察することをお願いされた影人だが、あのままでは最悪の事態になるであろう事が予測できたので、この場に姿を現したというわけだ。普段の影人は、大体が陽華と明夜絡みの場にしか姿を現さないため、キベリアはラッキーだと言えるだろう。
「さてさて、目標の人物も釣れたことだし・・・・・・後は――」
キベリアが両の手を広げる。そして厳かにある言葉を唱えた。
「9の闇、10の空間、合一し虚数空間へと変化する。対象は、我とスプリガンとする」
キベリアの右手に闇が、左手に歪みが現れ、キベリアはその2つを合わせた。すると、キベリアの両手を中心に漆黒の闇が広がった。闇は際限なく広がり、やがては世界の全てを覆った。
その世界の中、キベリアとスプリガンだけが向かい合って存在していた。
「っ!? これは・・・・・・」
「驚いてくれたかしら? ここは、私が作り出した存在しないはずの空間。一応、私の魔道の1つの集大成なのだけれど、それはあなたには関係ないわよね。ああ後、この空間は私が承認した者以外は決して入ってこれないし、この空間がどこにあるかも知覚は出来ないようになってるの。どうすごいでしょ? ん? その顔は疑問を感じている顔ね。あ、もしかして矛盾してると思っている? 存在しないはずの空間が存在してるってことに。その疑問は正しいわ。私はこの虚数空間を世界の裏側と仮定して擬似的空間を作り上げたのだけれど――」
(長い・・・・・・・)
影人が思わずそう感じてしまうほど、キベリアの話は長かった。今もペラペラと影人には理解できない話を続けている。これほど話の長い敵は初めてだ。
「・・・・・・・・別にどうでもいい。さっさと俺をここから出してくれ」
「ここからが面白いところなのに・・・・・・残念ながら、それは無理ね。私、レイゼロール様からあなたの首をもってくるように言われてるから」
「・・・・・・どいつもこいつも面倒だな」
軽い殺人宣言にため息を吐く。最近殺人宣告には慣れて来たが(慣れてはダメな気がするが、人間は慣れる動物だ。仕方がない)この前、心臓を貫かれた影人からしてみれば、シャレにならない。
「・・・・・・さっさとお前をぶっ飛ばして帰らせてもらうぜ」
「強気ね。私もさっさと終わらせたいから早くその首ちょうだいね?」
存在しないはずの空間で、魔女と怪人の戦いの幕が上がる。




