第1719話 災厄と最悪(2)
「ふぅ・・・・・・何とか逃げ切れましたね。危ない危ない、本当にギリギリでした」
裏世界。ヘキゼメリから離れた小さな森の中。そこに転移したフェルフィズは大きく息を吐いた。後コンマ1秒でも転移が間に合わなかったら、自分はここにはいないだろう。珍しい事に、フェルフィズの心の臓は早鐘を打っていた。
(一応、転移の仕掛けをしておいて正解でしたね)
フェルフィズはチラリと自分の1番近い木の近くに刺さっている小さな鉄の棒を見た。この小さな鉄の棒が転移の目印のようなものだ。フェルフィズが先ほど踏み潰した金属片とリンクした神器で、金属片を踏み潰せば、踏み潰した対象はこの鉄の棒の元へと飛ばされる。わざわざ仕込みをしなければならないし、飛べる範囲もそれ程ではないという欠点もあり、「行方の指輪」ほど便利ではないが使える事は使える。フェルフィズは、小さな鉄の棒を回収しポーチの中に入れた。
「さてさて、では戦利品の確認といきましょうかね」
「・・・・・・」
フェルフィズはニヤけたような、興奮を抑え切ないような顔で自身の左手で触れているモノに視線を移した。そこにあるのは、膝から崩れ落ちたような姿勢の魔機神アオンゼウの器。強力無比な力を秘めた災厄級の兵器だ。
「ああ、やはり素晴らしい。少女のような姿をしていても、その内にはたまらぬ暴力を秘めている。美しく強い。兵器としてはこの上ない設計だ」
フェルフィズが感嘆の言葉を述べる。尋常ならざるギャップ。フェルフィズはそこが特に気に入っていた。
「ですが悲しい事に、意識を滅ぼされたこの兵器はこのままだとただの鑑賞品。再び生命を吹き込まなければ、その真の力を引き出す事は出来ない・・・・・・ふふっ、ならば意識という名の生命をこの私が与えましょう」
フェルフィズはその薄い灰色の目を器から右手に握っていた大鎌に移す。アオンゼウの器の事を知った時から、フェルフィズはある考えを抱いていた。
「本来ならじっくり工房で調整したいのですが、こちらの世界に工房はありませんからね。そこは仕方がない」
フェルフィズは左手をアオンゼウの器から外し、腰部のポーチに入れた。そして、脳内で取り出したい物を想像する。すると、フェルフィズの左手にある物が触れた。フェルフィズはそれを掴むと、ポーチから手を抜いた。
フェルフィズの左手に握られていたのは、赤黒い少し装飾された宝石だった。
「あの時は不要と思い、切り捨てましたが・・・・・・今は必要な時です。さあ、私の最高傑作よ。戻りなさい。あなたの本来の姿に」
フェルフィズはその宝石を、大鎌の刃の根本の辺りの部分にあった窪みに嵌めた。宝石はカチリと軽快な音を立てて、ピッタリ窪みに嵌った。
「・・・・・・!」
すると、大鎌に嵌められた宝石が自身の色と同じ赤黒い光を発した。そして、小さく1人でにカタカタと震えた。まるで意思を持っているかのように。
「・・・・・・目覚めましたか。久しぶりですね、『フェルフィズの大鎌』。意思を持つ武器よ」
フェルフィズは大鎌に向かってそう語りかけた。フェルフィズの言葉を受けた大鎌は、宝石の光を明滅させた。その光景は、大鎌がフェルフィズの言葉に応えているようだった。




