第1712話 破られた結界(4)
「・・・・・・なるほどね。分かったよ。なら、ちょっと頑張ろうか」
「ええ、悪いけどそうしてくれる」
シェルディアの心情を何となくだが理解したゼノは小さく頷いた。シェルディアも軽く頷き返した。
「ふむ・・・・・・ここは我も便乗するか」
サイザナスの獄炎の波から逃げていたトュウリクスはここを好機と捉えた。トュウリクスは剣を掲げると、こう言葉を唱えた。
「闇喰の剣よ、今まで喰らってきた力を放て」
その言葉をキーとして、闇喰の剣がその刀身から今まで喰らってきた力――純粋なエネルギーのようなもの――を解き放つ。放たれた「力」はトュウリクスが己の内に取り込んだ。
「っ、何をする気だトュウリクス・・・・・・!?」
『闇の力が・・・・・・』
トュウリクスの力の高まりに気がついたレクナルとへシュナが警戒したような様子になる。だが、時は既に遅い。
「死霊よ、怨霊よ。死してこの世を彷徨う全ての魂よ。生命の灯火に惹かれ、この地に集え。集いて、生を喰らえ!」
トュウリクスが吸収した力を使い極大の魔法を行使する。すると、トュウリクスが掲げた剣の先に極大の魔法陣が出現した。そして、そこから大量の良からぬ霊たちが出現した。霊たちは際限なく、魔法陣から出現し続ける。
「極大の死霊魔法か。品がないな」
『むぅ・・・・・・』
生命を喰らう死者の霊の大群を見たシスは不愉快そうに顔を歪め、ハバラナスは霊たちから離れた。死者の霊に捕らわれれば最後、命持つ者は死ぬまで命を喰われ続ける。
「ひっ!? 今度は何だよ!? 早く、早く前に行ってくれえ!」
「炎が、霊がっ・・・・・・ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
獄炎に加えて大量の死者の霊も放たれた事により、恐慌は更に酷くなる。死兵族の兵士たちは既に生命がない存在なので、死者の霊の影響は受けないが、獄炎も更に激しさを増してきているので、その必死さは魔族の兵士たちと変わらなかった。
「っ、地獄かよここは・・・・・・!」
更に恐慌が酷くなった戦場を見た影人が忌々しげに、それでいて苛立ったように顔を歪める。敵である者たちに影人は同情はしない。だが、こんなにも容易く命が散っていくのは余りにも理不尽だ。例え敵であっても最低限の生命の尊厳はあるはずだ。影人は命が非情に消費されていく事に対し苛立っていた。
「クソが・・・・・・悪い嬢ちゃん、ゼノ、フェリート! 少しの間頼む! 俺はこの理不尽を終わらせるッ!」
「っ、影人・・・・・・」
「キツイけど・・・・・・頼まれたよ」
「全く身勝手な・・・・・・!」
影人はそう言い残すと宙を駆けた。シェルディア、ゼノ、フェリートは突然離れた影人にそれぞれの反応を示した。
「ムカつくんだよ。てめえらのやり方は・・・・・・!」
影人は怒りを燃やし負の感情を高めた。負の感情は影人の力になる。そして、影人は自身の力を解放した。
「解放――『終焉』!」
影人はその身から全てを終わらせる『終焉』の闇を解放した。影人の姿が変化し、肉体から『終焉』の闇が噴き出す。
「全開だ『終焉』の闇。あの炎と死霊どもを残らず終わらせろ」
影人は自身が扱える『終焉』の闇の出力を最大にして、闇に命令を与えた。影人に命じられた闇は半ば自動的に動き、獄炎の波と死霊へと向かった。全てを終わらせる闇は獄炎を終わらせ、既に死しているはずの霊の意識を終わらせ、一瞬にして地獄をも終わらせていく。
「っ、何だあの闇は・・・・・・? 死霊たちが・・・・・・」
自身が召喚した死霊が消えて行くのを見たトュウリクスが訝しげな声を漏らす。サイザナスは半ば我を忘れているため、影人には気づいていなかった。
「あれは・・・・・・影人か? 姿が変わっているな。それに、あの闇・・・・・・ふっ、やはり貴様は面白いな」
『あの者はいったい・・・・・・』
シスとへシュナは上空で黒き太陽と化している影人にそんな感想を漏らす。その間にも獄炎と死霊は消え続ける。
「後は元を叩くか。元は・・・・・・あいつらだな」
影人はサイザナスとトュウリクスに狙いをつけると、「影速の門」を5門空中に創造した。影人はそれらを潜り超神速の速度に至る。影人はまず獄炎を消しながらサイザナスに接近すると、サイザナスに『終焉』の闇を放った。
「なっ、貴様は・・・・・・がっ・・・・・・」
怒りに呑まれていたサイザナスが影人に気づいた時にはもう遅かった。サイザナスは『終焉』の闇に呑まれ、その意識を暗闇へと手放した。一応、『終焉』の闇は仮死に設定したので、死んではいない。まあ次に意識を取り戻す時間は24時間後にしておいたので、もう戦いには関与出来ないだろうが。
「・・・・・・次」
影人は空中に闇の板を幾つか創造し、それを踏んでブレーキを掛け方向を転換し調整すると、今度はトュウリクスの方を目指した。再び「影速の門」を創造し、超神速の速度で。
「何だ・・・・・・いったい何なのだ貴様は!?」
トュウリクスは自分の方に向かって来る影人にゾクリとした何かを抱いた。今の影人の速度を認識できるのは、さすがは古き者といったところか。
「・・・・・・スプリガン。それが俺の名前だ」
「っ、貴様ァァッ!」
闇纏い接近した影人に向かってトュウリクスが闇喰の剣を振るう。影人はその剣を『終焉』の闇で消し去ると、右手でトュウリクスの骨の顔面を掴んだ。
「っ、ぁ・・・・・・わ、我は『禍の冥王』だ・・・・・・ぞ・・・・・・」
「・・・・・・知るかよ。王だろうが何だろうがな」
意識に死を与えられたトュウリクスはドサリと馬から落ちた。影人は仮死状態のトュウリクスを黒と金の瞳で見下ろした。
「『獄炎の魔王』と『禍の冥王』を殺したか。ははははっ、大した奴だよお前は」
「完全には殺しきってねえよ。1日すれば生き返る。その間に殺し切るかどうかはお前が決めろ」
「ほう、存外に甘いな」
「殺して背負う価値もないと思っただけだ。まあ、それを甘さというなら言えよ。じゃあ、後は任せたぞシス」
話しかけてきたシスにそう言葉を返すと、影人は顔を祠の方に向けた。
「・・・・・・」
影人がサイザナスとトュウリクスを仮死状態にさせた頃。祠付近、そこで小さな動きがあった。祠を守っているシェルディアたちの斜め背後辺りにある蹴散らされた兵士たちの山。その内の魔族にピクリと動きがあった。当然といってはあれだが、シェルディアたちはその動きには気づいていなかった。
「・・・・・・」
その魔族の兵士は女性だった。女性はゆっくりと顔を上げ状況を確認した。そして、問題ないと判断すると右の腕輪のスイッチのようなものをカチリと押した。
「・・・・・・」
女性はゆっくりとゆっくりと立ち上がった。そして、またゆっくりゆっくりと祠の入り口に向かって歩き始めた。シェルディアを倒さんとしている兵士たちは、そしてシェルディアたちも、どういうわけかその女兵士には気が付かなかった。
「・・・・・・」
そして、女性は祠の入り口に辿り着いた。女性はニヤリと笑みを浮かべると、祠の中に消えていった。




