第1708話 ヘキゼメリの戦い(4)
「・・・・・・雷を撃ちやがったのはあの竜か。ったく、俺はやたらと竜と縁があるな。嬉しいんだから悲しいんだかよ・・・・・・」
影人はハバラナスを軽く睨みつけた。古き者と呼ばれるあの竜は圧倒的な強者だ。前に戦ったあの赤竜とは違う。間違いなく、ゼルザディルムとロドルレイニクラスだ。
(普通に殺されそうになったから1発やり返してやりたいが・・・・・・ここでやり返したら余計にあいつに目をつけられるだけだ。俺はクールな暗躍者。感情的になってやり返したりは・・・・・・)
『ならこれはどうだ?』
「何じゃあの男は。不審な奴め。死ね」
「・・・・・・ふむ」
影人が自分を落ち着かせていると、ハバラナスが更に複数の雷撃を放ち、新たに影人に気づいたサイザナスとレクナルも獄炎と矢を放って来た。
「なっ・・・・・・」
影人は再び回避の行動に移った。すると、トュウリクスやシス、へシュナも上空の影人に気がついた。
「見ぬ顔だな。特徴がない事から見るに吸血鬼か。ならば・・・・・・」
「ほう、変身したか」
『濃密な闇の気配・・・・・・あの者を危険だと判断します』
シスは小さく笑っただけだったが、トュウリクスは闇の魔法で死霊を飛ばし、へシュナは風と光を組み合わせた刃を影人に放って来た。影人はまたも回避の行動を取らざるを得なくなった。
「っ・・・・・・クソが。何でどいつもこいつも俺に攻撃して来るんだよ・・・・・・! 俺は何も反撃してねえぞ・・・・・・!」
『そりゃ、てめえみたいな不審者が浮いてりゃ攻撃するだろ』
苛立ちが隠せなくなった影人がそう呟く。イヴはそんな影人に至極真っ当なツッコミを入れた。
『あいつらに絡まれるのが嫌なら透明化しろよ。俺は正直戦いたいが、今はフェルフィズを探すのを優先するんだろ』
「ああ、分かってる。だが・・・・・・ムカつくから一発だけやってやる」
影人は右腕を後ろに引いた。そして引いた右の手に高密度の闇を纏わせた。
「我は闇。我は影。我は夜。我が言葉と力に応じ集まれ黒き力よ。そして、我が敵を黒く塗り潰せ」
少し長めの詠唱は一撃の強化の倍率がかなり高い事を示す。そして、影人の右手の闇はより濃密に収束していく。影人は更に力を注ぎ込む。すると、右手を基点として闇の紋章のようなものが出現した。
「っ、凄まじい闇の力が・・・・・・」
「これは極大魔法か・・・・・・!?」
「ほう・・・・・・」
『この力・・・・・・いったい奴は・・・・・・』
『あの力、闇の精霊が力を貸していない・・・・・・?』
レクナル、サイザナス、トュウリクス、ハバラナス、へシュナが上空の影人の「力」にそれぞれ驚いた反応になる。ただ、シスだけは面白そうな顔を浮かべていた。
「ふっ、やれ影人」
「闇に喰われろ」
地上でシスがそう呟いたと同時に、影人は右腕を地上に向けて振るった。どこぞの「蒼の魔◯書」を有した人物の言葉を借りながら。影人の右手から放たれた超高密度の闇は、獣のようなモノに姿を変えると大きく顎門を開き、古き者たちに襲い掛かった。
「っ、避けきれないか・・・・・・仕方ない。お前たち、今だけ合わせろ!」
「命令するなレクナル! じゃが、やるしかないか・・・・・・!」
「面白い。いいだろう!」
『ガアッ!』
『風よ、光よ。「精霊王」の名の元に私に力を』
レクナルが魔法を宿した矢を放ち、サイザナスが獄炎を、トュウリクスが魔剣を振るい、ハバラナスが雷炎のブレスを吐き、へシュナは光風による指向性の嵐を起こした。それらの攻撃は影人が放った超高密度の闇と激突した。少しの間両者は拮抗し、やがて相殺され虚空に霧散した。
『我らの攻撃で相殺とは・・・・・・やはり只者ではなかったか。っ、奴の姿がない? 奴め、いったいどこに消えた・・・・・・』
ハバラナスは影人の姿が消えた事に気がついた。他の者たちもその事に不審感を抱いた。
「ふん、よそ見をしている暇はないぞ。馬鹿者どもが」
だが、シスだけは違った。シスはつまらなさそうにそう言うと、血と影で古き者たちへの攻撃を始めた。
「ちっ」
「そうだな。確かにその通りよ」
サイザナスが舌打ちをし、トュウリクスが頷く。そして、古き者たちは再び超常の戦いを再開した。
(取り敢えず、あれで許してやるよ。何せ、俺はクールな暗躍者だからな)
透明化し場所を移動していた影人は心の中でそう呟いていた。
『お前はアレだよな。本当、アホだよな』
(雑過ぎる罵倒だなおい。それより、結界に動きは・・・・・・まだなさそうだな)
投げやりなイヴの言葉にツッコミを入れながらも、影人は視線を下に落とした。結界は依然しっかりと展開されたままだ。
(どう来る。どう動く。フェルフィズ・・・・・・)
影人が思考している時だった。突然、本当に突然、
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
耳を劈くような悲鳴が聞こえて来た。
(っ、なんだ!?)
思わず影人が視線を悲鳴の聞こえて来た方に向ける。悲鳴の在り処は地上だった。悲鳴とは無視するのが難しいもの。瞬間、ヘキゼメリにいたほとんど全ての者たちの意識がそちらへと向いた。
「・・・・・・」
その時にある者はニヤリと笑った。
そして、その者はどこからか刃までもが黒い大鎌を取り出し、結界を切り裂いた。
次の瞬間、結界は破壊された。




