第17話 男神ラルバ(2)
「いやー、悪い悪い。どうやら驚かせちまったようだな」
カラカラと笑うとラルバは頭を掻いた。場所は変わらず喫茶しえらの美しい庭園だ。庭の木の下に備え付けられた白い丸テーブルと、精緻なデザインのイスにラルバに光司、陽華と明夜は腰掛けていた。
「まあ、まずはお茶でも呑んで、リラックスしようぜ。ここの紅茶は本当にうまいからさ」
そう言ってラルバはあらかじめ用意されてあったティーカップに、テーブル中央に置いてあったポットから紅茶を注いだ。まずは自分のカップになみなみと紅茶を注ぎ、続いて明夜のカップに紅茶を注ごうとする。
「いや自分でやりますから! 神様にお茶を入れさせるなんて、恐れ多すぎるので!」
明夜が慌ててラルバを止めようとするが、ラルバは笑って明夜を制した。
「いいから、いいから。ここは俺に任せてくれって、これでもお茶汲みには自信があるんだ」
「で、でも・・・・・」
「気にしなくていいよ、月下さん。この神は、こんな性格なんだ。ただ、ラルバ様がお茶汲みがうまいなんて言うのは初耳だけど」
「言いやがったな光司? そこまで言うならよく味わいやがれ」
光司の言葉もあり、おとなしくカップを差し出した明夜の元に紅茶が注がれていく。続いて陽華のカップ、最後に光司のカップに紅茶が注がれていく。
「さあ、冷めない内に」
「じゃ、じゃあ・・・・」
「いただきます・・・・」
そう言って陽華と明夜は紅茶を口にした。暖かい紅茶が二人の口を潤した。
「あ、おいしい」
「本当だ、すっごいおいしい!」
「だろだろ? ふふん、見たか光司、俺のお茶汲みの才能を」
二人の感想からドヤ顔で光司に向き直るラルバ。光司はお茶を一口飲むと、こう言った。
「確かにおいしいですけど、これラルバ様がうまいというより、しえらさんの紅茶がおいしいだけでは?」
「バカ野郎! 確かにしえらの紅茶がうまいのが99パーセントそうだが、残りの1パーセントは俺の入れ方がうまいんだよ!」
光司の言葉にムキになるラルバ。なんだか子どもっぽい神様だなと陽華と明夜は思った。
「あはは・・・・なんだか香乃宮くん、いつもと違うね」
「うんうん、確かに。なんだか年相応っていうか何て言うか」
陽華と明夜がこそこそと話していたのをラルバは聞き逃さなかった。
「ほう、お二方。普段の光司は一体どんな感じなんだ?」
「ちょっと、ラルバ様!」
光司がどことはなく恥ずかしそうにして、ラルバに顔を向ける。ラルバはそんな光司を宥めるように手を向ける。
「ええっと、普段はとても礼儀正しくて・・・・」
「学校の女子の人気ぶっちぎりの1位です」
陽華に続いて明夜がキリッとした顔で言葉を続けた。その言葉を聞いたラルバは「ほーう」とニヤニヤした顔で光司を見た。
「へえー、お前普段そんななのか。ガキのころから知ってる奴が、俺の知らない一面を身につけてるってのは複雑というかちょっと悲しいな」
「・・・・・ほっといてください」
プイッとラルバから顔を背けた光司はまだ湯気が立っている紅茶を飲んだ。その仕草がなんだかひどく子どもっぽい。
「あの・・・ラルバ様は香乃宮くんのことを小さい時から知ってるんですか?」
明夜がおずおずといった感じでラルバに質問する。確かに今の感じだとラルバは光司を小さい頃から知っているように思えた。
「まあね、詳しい事情は言えないけど、俺は光司を小さい頃から知ってるし、光司も俺とは長い付き合いなのさ」
ラルバはチラッと光司を流し見ると、口角を上げた。光司は変わらず紅茶を味わったままで何も言わない。
「さて、んじゃそろそろ本題に入ろうか」
ラルバは少し真面目そうな顔つきになると、陽華を見た。
「朝宮陽華さんだっけ、君は俺に何か聞きたいことがあるそうだね?」
「は、はいッ!」
そうだ、光司は陽華の願いのためにラルバに会わせてくれたのだ。正直、なぜラルバがこちらの世界にいるのか、なぜ人間のような格好をしているかなどの疑問はあるが、今はそれはどうでもいい。
陽華はすぅと深呼吸すると、ラルバの吸い込まれるような瞳ををしっかりと見てこう言った。
「ラルバ様、守護者の中にスプリガンという人はいますか?」
ある種の決心と共に陽華はラルバにその質問をぶつける。もしかすると――そんな期待が陽華の胸の内にせり上がってくるが、しかしラルバの答えは、陽華の期待していたものではなかった。
「スプリガン? いいや、俺は今まで全ての守護者に与えてきた二つ名は覚えてるが、そんな守護者はいないし、いなかったな」
「そう、ですか・・・・・」
もしかしたらと思っていた唯一の答えがこれで、完全に否定された。スプリガンという少年はまた謎の存在へとなった。
「そのスプリガンって奴は一体どういうやつなんだい?」
ラルバが当然だがそんなことを聞いてくる。そこで陽華はスプリガンと名乗った謎の少年のことをラルバに話した。
「・・・・・なるほど、人間離れした身体能力に、謎の力か・・・・・・確かに、新人の光導姫の君らならそいつを守護者と思っても無理はないね。だけどね、そいつが守護者というのは、ありえないんだ」




