第1698話 魔機神アオンゼウ(4)
「ふぅ・・・・・・ようやく着きましたか」
影人たちが裏世界に行ってから5日後。表世界のとある森の奥。そこにいた魔族の姿をした男――フェルフィズは息を吐き、目の前にある大きな古木を見上げた。その古木は薄らとだが、淡い光を放っていた。
「これが識司の樹・・・・・・この世界の全ての事象を記憶している樹ですか。いやはや、流石に異世界。まさか、こんなものがあるとは」
フェルフィズは笑みを浮かべるとゆっくりと樹に近づいた。フェルフィズがこの樹の事を知ったのはつい昨日の事だ。
テアメエルでフェルフィズは出来るだけ長生きで古い記憶を持っている者を探した。最後の霊地のヒントを得るために。むろん、派手には動いていない。その時のテアメエルには影人たちがいたからだ。そうして、フェルフィズは100年生きている者を、その次に300年生きている者を、最終的には500年生きている者の記憶を覗く事に成功した。
だが、残念な事にそれらの年月を生きて来た者たちの記憶の中にも最後の霊地に関する情報はなかった。
しかし、代わりと言っては何だが面白い情報を知る事が出来た。それが、今フェルフィズの前にあるこの世界の全ての事象を記憶しているという「識司の樹」の事だ。フェルフィズはその樹ならば、最後の霊地の事を知っていると考え、ここに来たのだった。
「私の神器は生物の記憶を見る事が出来る。全く、知的生命体だけが対象じゃなくてよかった」
フェルフィズはそう呟くと、ポーチの中から黒い手袋を取り出した。手袋の甲の部分には何やら白い紋章が刻まれており、内側の部分には全体的に複雑な白い線が伸びていた。フェルフィズはその手袋を右手に装着した。
「さて、では覗くとしましょうか。この樹の記憶を。ですが、さすがの私でも何千いや、何万年の記憶を全て覗けば精神が崩壊しますからね。特定の記憶だけを理解出来るようにしなければいけませんね」
フェルフィズは体内で自身の精神力と生命力を練り上げた。これは魔術を修める際に習得したものだ。そして、この世界に満ちる自然的エネルギー、魔法の元となるものを体内へと摂取した。フェルフィズは魔術とどこか似ていた、この世界の魔法を既にある程度使えるようになっていた。
「精神に保護領域を付与。キーワード、霊地を設定。魔なる術、魔なる法よ。私の精神に降りなさい」
フェルフィズがそう言葉を唱えると、ボゥとフェルフィズを暖かな光が包んだ。そして、光は徐々に消えていった。
「準備完了ですね。では・・・・・・行きますか」
フェルフィズは手袋を装着した右手で樹に触れた。
「『刻調べの御手』、起動」
手袋の紋章と白い線が淡く発光する。すると次の瞬間、フェルフィズの中に膨大な記憶が流れ込んで来た。
「ぐっ・・・・・・プロテクトを施していても、キツイですね・・・・・・!」
あまりにも膨大な記憶にフェルフィズの精神に多大な負荷が生じる。少しでも気を抜けば意識が持っていかれそうだ。
(落ち着け、理解する記憶は霊地に関するものだけです。霊地、霊地、霊地・・・・・・この言葉だけに集中です)
フェルフィズは記憶の激流の中で、意識を研ぎ澄ませた。必要な情報以外はただのノイズだ。そうして、フェルフィズが目を閉じてしばらく集中していると、
「っ、見つけた・・・・・・!」
フェルフィズの意識にある記憶が引っ掛かった。それは霊地に関する樹の記憶だ。フェルフィズはその記憶に意識を割き、覗いた。
「メザミア、地の災厄・・・・・・違う。これは既に知っている。ウリタハナ、火の災厄・・・・・・これも違う。シザジベル、風の災厄・・・・・・テアメエル、水の災厄・・・・・・違う。ヘキゼメリ、魔機神アオンゼウ・・・・・・っ、これだ」
フェルフィズは目を見開き、その記憶を情報として理解した。途端、フェルフィズの脳裏にヘキゼメリ、またはそれに関する様々な情報が入ってきた。
「なるほど・・・・・・ヘキゼメリは裏世界と呼ばれる場所にありましたか。道理でいくら探しても見つからないはずです。それに、そこに封印されている機械仕掛けの神の体・・・・・・ははっ、これは面白い。使えそうだ」
フェルフィズは樹から手を離しニヤリと笑った。裏世界への行き方も理解した。触媒たるこの世界の住人の血さえ用意すれば、いつでも裏世界に行ける。
「さて、また色々と準備をしなければ。それまで、もう少しだけ待っていただきますよ影人さん。私たちの・・・・・・最後の宴の時までね」
悪巧みの笑みを忌神はその顔に浮かべた。そして、フェルフィズは因縁のある少年の顔を思い浮かべた。
――最後の霊地を賭けた戦いの音は刻一刻と近づいていた。




