第1694話 最後の真祖(5)
(この状況からどう抜ける。抜けてどう反撃する。考えろ、考えろ帰城影人)
シスの波状攻撃の中心地にいる影人は冷静に思考を巡らせた。鎖はまだまだ保つ。この間にシスへの反撃を考える事こそが影人が今できる最適解だ。
(幻影化を使って離脱するか。いや、抜けた先でまた同じ状況になるだけだ。俺は回避しシスに反撃しなければならない。その答えはある。必ずあるはずだ)
戦いへの鋭さはもう取り戻している。死地を渡り切る細い1本の糸を探せ。視界内に映る情報は血と影。それを見た影人の中にある考えが過った。
(っ、痛いがこれなら・・・・・・イヴ、俺が今考えてる事、お前出来るか?)
『ああ? 俺様を誰だと思ってやがる。多少力は喰うが余裕だ』
(流石は俺の相棒だな。それじゃ、今のやつと『破壊』の力の準備を頼む。揺らがせる程度でいい)
『ちっ、分かったよ』
(ありがとよ。じゃあ、俺も気張るか)
イヴにそう頼んだ影人は更に深く集中した。目に纏わせる闇の力を上げる。シスの動きがよりクリアに見える。
(仕掛けるのはシスが正面に回って来た時だ。そこが唯一チャンスになる)
シスはいま影人の斜め左後ろにいる。次は音の位置的に真後ろ。そして、シスは影人の左斜め前方に現れた。
(ここだ・・・・・・!)
影人は影闇の鎖の半自動制御を解除した。結果、影闇の鎖は影人の意思に委ねられる。影人は影闇の鎖を防御に使わずに、シスを捕える事に使った。
「ふっ、やっと仕掛けてきたか。だが、俺様の一撃の方が速いぞ」
シスの言う通り、固形の槍と流体状の槍は既に影人の体に迫っていた。避けようと思えば、幻影化なりで避けられる。だが、影人は敢えてその一撃を避けず、急所を外してその2つの槍を体に受けた。
「ぐっ・・・・・・!?」
深く貫かれた事によって、凄まじい痛みが影人の中に奔る。同時に大量の血が飛び出した。
「ふん。焦ったな」
「っ・・・・・・」
「影人さん!?」
シスはつまらなさそうにそう言った。その光景を見たシェルディアは顔を歪め、キトナは悲鳴を上げた。
(クソ・・・・・・が・・・・致命傷だぜ・・・・・・だが・・・・・・これでいい・・・・・・!)
激痛伴う意識の中、影人はニヤリと笑った。すると次の瞬間、飛び散った影人の血が1人でに凝固し小さな槍と化した。これが先ほど影人がイヴに頼んだ事。吸血鬼の能力を模倣した血液操作の力だ。
「っ、血液操作だと・・・・・・」
「行け・・・・・・!」
シスが初めて驚いた顔を浮かべる。影人が命じると、血液の槍はシスの右目を目掛けて飛んだ。
「ふん、確かに驚いたがその程度・・・・・・」
シスは影に潜ろうとした。血の槍の速度的に十二分に間に合う。シスはそう踏んでいた。
「っ・・・・・・」
「はっ、バカが・・・・・・!」
しかし、そんなシスを影闇の鎖が捕らえた。影人が敢えて攻撃を受けた事、血の槍に反応した事によってシスは鎖を避ける事が出来なかった。影闇の鎖は純粋な力以外では破壊できず、真祖化していないシスには壊せない。結果、影人の放った血の槍はシスの右目を穿った。
「くっ・・・・・・」
「畳み掛けさせてもらうぜ・・・・・・!」
シスの右の視界を奪う事に成功した影人は、体から槍を引き抜き回復の力を使用した。そして、両手に『破壊』の力を纏わせる。
「舐めるな!」
右目を潰され身動きの取れないシスは右目から流れ出る血を集め剣に変えた。影人はその剣を『破壊』を付与した右手で壊した。
「そらよッ!」
影人はシスの死角から左手を振るい、左手でシスの頭に触れた。瞬間、イヴに用意させていた意識を破壊する『破壊』の力がシスの中に放たれる。
「ぐっ・・・・・・!?」
短時間という事もあり、『破壊』の力はシスの意識を壊せはしなかった。だが、シスの意識はぐらりと揺らいだ。まるで、強烈な不意打ちを頭に受けたように。
「悪いな。やっぱりあんたは強過ぎる。だから、サププラン・・・・・・真祖化を使わせずに1回倒す」
明確に生じた隙。影人はその隙で決め切ろうと考えた。
「解放――」
「っ!?」
影人が『終焉』の力を解放しようとする。その瞬間、シスはゾクリと何かを感じた。それはシスが初めて感じるもの、濃密で明確な死の気配だった。
「調子に・・・・・・乗るなッ!」
シスはそう叫ぶと真祖化を使用した。途端、シスの髪が銀髪に変わり目も真紅になる。そして、体に真紅のオーラを纏ったシスは、影闇の鎖を純粋な力で破壊し後方に飛んだ。
「っ、何だ。ここで使うのかよ」
真祖化したシスを見た影人は『終焉』を使う事をやめた。
「・・・・・・初めてだ。俺様は初めて死の気配を感じた。お前、最初から持っていたな? 俺様を殺す事の出来る力を。不死殺しの力を」
「・・・・・・まあな。でも、使わなかったのはあんたを舐めての事じゃない。今回はあんたに認められるのが俺の勝利条件だった。だから、使わなかっただけだ」
真紅の瞳でジッと睨んで来るシスに影人は素直にそう答えた。シスはしばらくの間、無言で影人を睨み続けていたが、やがてフッと瞼を閉じた。
「・・・・・・そうか。底知れぬ奴だ。いずれにせよ、お前は俺様に真祖化を使わせた。俺様に本気を出させた。誇るがいい。俺様のこの姿を見たのは、本当に一握りの者だけだ」
シスはそう言うと小さな笑みを浮かべた。
「そして、認めよう。お前は、他族であろうと俺様と同等の力を有する者だ。お前とお前の仲間の滞在を許そう」
「・・・・・・ありがとよ。痛いのを我慢した甲斐があったってもんだぜ」
影人も帽子を押さえフッと小さな笑みを浮かべた。戦いの空気が晴れる。どうやら、これ以上は戦わなくてよさそうだ。
「シェルディアよ。お前の言う通りだったな。この者の実力は最低でも、俺様たちと同等だった」
「でしょう。じゃあシス。私たちと話をしてもらうわよ」
「分かっている。着いて来い。相応しい場所に案内してやる」
シスはそう言うと真祖化を解除した。同時に影人も変身を解除する。こうして、影人たちは最後の真祖、シスとの話の機会を得たのだった。




