第1687話 血影の国(3)
「昔ならしばらく磔くらいにはしたけど、あなた達程度にこれ以上時間を割くのも嫌だしやめてあげる。ああ、あなた達返り血は飛んでいないかしら? 一応、飛ばない範囲で貫いたけど」
冷たい顔で貫いた者たちを見たシェルディアは、一転ニコリと笑顔で影人たちにそう聞いた。影人たちは自分の服を確認すると、「ああ」「うん」「はい」と頷いた。キトナも未だにショックを受けている様子だったがコクリと首を縦に振る。
「よかったわ。汚い血で服が汚れたら大変だもの。あと、ごめんなさいねキトナ。怖がらせてしまって。あなたには少し刺激の強い光景よね」
「い、いえ・・・・・・確かに、シェルディアさんの言う通り衝撃は受けましたが、私たちを守るためという事は分かりますから。で、でもその方たちをそのままにしておくと死んでしまいますよね? その、殺す事までは・・・・・・」
申し訳なさそうな顔のシェルディアに、キトナはかぶりを振った。そして、心配そうな顔で貫かれている者たちを見つめた。
「ああ、それは大丈夫。吸血鬼は不死だから死なないわ。今は貫いたままだから傷は塞がらないけど、抜いた瞬間傷もすぐ治るし」
「って事は、やっぱりこいつら吸血鬼だったのか・・・・・・」
シェルディアの呟きを聞いた影人が影に貫かれている者たちを見渡す。血影の国の前なので、この黒フードたちの正体が吸血鬼だろうとは思っていたが。
「か、影を操る力・・・・・・お、お前・・・・・・吸血鬼か・・・・・・」
「ええそうよ。気配を隠蔽しているから、あなた達が私の正体に気づかないのも無理はないけど・・・・・・少し呆れているわ。何千年ぶりとはいえ、私を知らないなんてね」
「っ・・・・・・?」
影人たちに警告を与えてきた女の吸血鬼は、フードの下で意味が分からないといった顔になった。
「――失礼。その者たちをどうかお許しください。その者はまだ1000年ほどしか生きていないゆえ、御身のご尊顔を知らぬのです」
ふっとどこからか声が響いた。すると、影人たちの前に1人の男が現れた。まるで、夜の闇から出てきたかのように。
「その者たちのご無礼、心の底から謝罪いたします。ですから、どうかご慈悲を」
現れた男は二十代くらいの若者に見えた。綺麗に整えられた黒髪と黒目は東洋人を想起させるが、顔の作りは鼻も高く西欧人のようだ。控えめにいってもイケメン、ハンサムと呼ばれるような容姿だ。かっちりとしたダークグレーのスーツのような服装に身を包んだ男は、シェルディアに対し深く頭を下げた。
「っ、誰だ・・・・・・?」
影人たちが新たに現れた男に不思議そうな顔を浮かべる。その男を見たシェルディアは小さな笑みを浮かべ、懐かしそうにその男の名前を呟いた。
「あら・・・・・・久しぶりね、ハジェール。ええ、本当に」
「はい。本当にお久しぶりです。また御身に会えた事を心から嬉しく思います。シェルディア様」
ハジェールと呼ばれた男が笑みを浮かべ頭を上げる。シェルディアは吸血鬼たちの体から影を引き抜き、元に戻した。吸血鬼たちは不死から来る超回復の力で、瞬時に傷が癒えた。
「ハ、ハジェール様。なぜあなた様のような古き高位の吸血鬼がここに・・・・・・それに、シェルディア様とはまさか・・・・・・」
立ち上がった女の吸血鬼が呆然としたようにハジェールを見る。他の黒フードの吸血鬼たちも似たような様子だ。
「私がここに来た理由は、血が騒ついたからですよ。予感がしたのです。誰かを迎えに行かなければならないというね。あなた達も顔を見せて、頭を下げなさい。この方こそ、絶対最強にして祖なる位を冠する吸血鬼。シス様、シエラ様に肩を並べる三なる真祖が一柱、シェルディア様であらせられる。顔を知らぬとはいえ、お前たちの言動は失礼千万、不敬極まりないぞ」
ハジェールは後半言葉を繕う事をやめ、吸血鬼たちに威圧的にそう言った。ハジェールからシェルディアの正体を聞かされた吸血鬼たちはフードの下の顔を青ざめさせ、フードを脱ぐと手と足を地面につけシェルディアに謝罪した。
「も、申し訳ございませんッ! ま、まさか伝説のシェルディア様であらせられるとは! 如何なる罰も受ける所存でございます!」
「いいわ、許す。罰も別に与えないわ」
代表するように謝罪した女の吸血鬼。シェルディアは自分たちを襲おうとした吸血鬼に許しの言葉を与えた。吸血鬼たちは感激したように「あ、ありがとうございます!」と声を上げた。
「同胞たちよ、下がりなさい。ここからは私がシェルディア様を案内します」
「「「「「はっ!」」」」」
ハジェールにそう言われた吸血鬼たちはフッと自身の影に沈み消えた。




