第1677話 水天を飛ばせ(1)
「・・・・・・」
とある日の夕方。テアメエル、シレナ火山。その麓にあるカレル湖。薄い曇り空の下、そこに1人の魔妖族の男がいた。頭部に小さな1本のツノを生やした、一つ目の小鬼のような者だ。その魔妖族は辺りを軽く見回し誰もいない事を確認すると、懐からナイフを取り出した。そのナイフの刀身には複雑な紋様が刻まれていた。
「・・・・・・」
男は湖に近づいた。そして、その淵にナイフを突き立てた。
その瞬間、世界が変化した。真紅の満月が輝き、星が空を埋め尽くさんばかりの夜空。無限に感じる荒野に。
「っ!?」
急に世界が変化した事に魔妖族の男は驚愕した。そして、男を取り囲むようにある者達が現れた。
「・・・・・・よう、やっと捕まえたぜ。なあ・・・・・・フェルフィズ」
その内の1人、スプリガンに変身した影人が魔妖族の男を睨み付ける。男を取り囲んでいるのは、影人、シェルディア、ゼノ、フェリートの4人で、シェルディアの『世界』には白麗もいたが、白麗は見物に来たという感じで「おお、懐かしいの」と辺りを見回していた。
「フェ、フェルフィズ・・・・・・? だ、誰だそいつは・・・・・・?」
「あら、とぼけるのね。往生際が悪い」
魔妖族の男は訳がわからないといった顔を浮かべた。男の言葉を聞いたシェルディアがくすりと笑う。だが、表情とは違いその目は笑ってはいなかった。
「あなたが地面に刺したナイフは、あなたが各地に残していたものと同じ物です。言い訳は出来ないでしょう」
フェリートも冷徹な瞳を魔妖族の男に向ける。魔妖族の男は激しく首を横に振った。
「さ、さっきから何言ってるんだあんたら!? 俺はこのナイフをカレル湖の近くに刺して来てくれって頼まれただけだ!」
「っ、頼まれただと・・・・・・?」
男の言葉を聞いた影人がどういう事だといった風に眉を動かす。すると、男はこう言い始めた。
「ああ! 昨日の夜に俺が居酒屋で金がねえって嘆いてたら、幽霊の旦那に頼まれたんだよ! 金が欲しいならいい仕事があるって! だから俺はあのナイフをカレル湖の近くに刺したんだよ!」
「・・・・・・その話を証明する事は出来るのか?」
「居酒屋の店主に聞けば分かるぜ! カゲオニの町のシラザキって店だ! 俺は常連で昨日は客も少なかったから店主も覚えてるはずだ! 俺は鬼之助って名前だ!」
影人の質問に魔妖族の男――鬼之助はそう答えた。鬼之助の顔は真に迫っており、とても嘘をついているようには見えなかった。
「・・・・・・どう思う?」
「嘘を言っている様子ではないわね。もちろん、演技である可能性もゼロではないけど」
「妾もシェルディアと同意見じゃな。その者の話は恐らく真実じゃろうて」
影人の問いかけにそうシェルディアが意見を述べる。シェルディアの後方辺りにいた白麗も、そう言ってきた。幾千年以上もの時を生きる不死者の言葉だ。そこには一種の重みがあった。
「っ、だとしたら・・・・・・」
「ええ、やられたわね」
シェルディアが『世界』を解除する。周囲の風景が元に戻った。
「っ! じゃ、じゃあ俺はこれで失礼するぜ!」
元の世界に戻った事を確認した鬼之助はその場から逃げるように去ろうとした。だが、その前にフェリートが鬼之助の背後に移動し手刀で以て鬼之助を気絶させた。
「一応、まだ疑惑がありますからね。取り敢えず、その辺りに寝かせておきます」
フェリートが鬼之助を担ぎ、近くにあった岩にもたれ掛からせる。すると次の瞬間、
カレル湖の中心部から少し青みがかった光の柱が立ち昇った。
「っ、来やがったか・・・・・・!」
光の柱を見た影人がその顔を警戒の色に染める。そう。影人たちはほんの少しのタイミング差でナイフが刺されるのを止める事が出来なかった。その結果、何が起きるか影人はよく知っていた。
そして、
「・・・・・・」
その光の柱の中から水の災厄が姿を現した。




