第1673話 網を張れ(1)
「・・・・・・」
翌日。早朝。影人は布団の中で座っていた。影人の部屋には窓がないので、朝日は差していない。影人は昨日の戦いの事を思い出していた。
(殺意や怒りの負の感情は俺の力になる。だが、それらは時に判断を狂わせる要因になる。だから、俺は冷たくそれらを抱かなければならない。冷めすぎているほどに。感情は力になるが、感情と判断を切り離さなければならない。・・・・・・改めて、肝に銘じとかないとな)
影人は軽く息を吐いた。昨日の自分は冷たい殺意を抱けていたし力にもなっていた。だが、少しほんの少しだけ感情が混じっていた。あれではダメだ。反省しなければ。
「・・・・・・他の誰のためでもない。過去の俺に恥じないようにも、俺は強くなる」
決意の言葉を敢えて肉声で発し、影人は軽く右手を握った。すると、影人の中にイヴの声が響いた。
『お前、自分のこと客観視できるくせに何でそんなんなんだ? 現在進行形で過去の自分にも恥かきまくってる性格じゃねえか』
「何を急に訳のわからない事言ってるんだお前? 別に俺は俺だ。そこに理由はないだろ」
『訳が分からないのはお前だアホ。ったく、相変わらず存在がちぐはぐな奴だぜ』
イヴは呆れ切ったようにそう言うと言葉を切った。影人が枕の近くに置いていたペンデュラムに手を伸ばすと、襖の外から葉狐の声が聞こえてきた。
「おはようございます。朝食のご用意が整いましたのでお声がけに参りました」
「あ、ありがとうございます。食べる場所は昨日と同じ場所ですか?」
「はい」
「だったらもう少ししてから行きます。昨日の場所はしっかりと覚えてるので」
「かしこまりました」
襖の外から葉狐の気配が消える。昨日は迷ってしまったが大座敷は分かりやすい行き方なので大丈夫だ。影人は布団の中から出て軽く身支度を整えた。
「おお、来たか。おはようじゃ、帰城影人」
「おはよう、白麗さん」
大座敷に入ると、上座に座っていた白麗が朝の挨拶をして来た。影人は白麗に挨拶の言葉を返す。
「おはよう影人」
「おはようございます影人さん」
「おはよう、嬢ちゃんキトナさん」
そのまま既に座っていたシェルディアとキトナにも挨拶の言葉を返す。2人とも、影人と同じく浴衣姿だ。昨日はそれどころではなかったので気づかなかったが、シェルディアが和服を(正確にはこちらではテアメエル風の服なのだろうが)着ているのは非常に珍しいなと影人は思った。
「遅いですよ」
「ん、おはよう」
「悪かったな。おはようだフェリート、ゼノ」
どうやら影人は最後だったらしい。フェリートとゼノの横を通り抜け、影人は自分の席に着いた。箱膳には何かの焼き魚と焼き卵。それと白米と味噌汁のようなもの、何かの根菜の付け合わせがあった。異世界なので、正確に影人たちの世界の料理と全く同じというわけではないだろうが、限りなくそれらに近い。やはり日本と文化が似ているなと改めて思いながら、影人は手を合わせた。
「それで、お主たちは今日はどうするのじゃ? どうせ、フェルフィズなる者が動くまでは暇なのじゃろう?」
「まあそうね。ああ、そうだ。ねえ白麗。あなたの目でもフェルフィズは見えないの? 彼は姿を変えているけど、あなたの目は真実の姿を見るから変装は関係ないでしょ」
朝食を摂りながら逆にシェルディアが白麗にそんな問いを投げかける。シェルディアたちがこちらの世界に来た事を察知し、ずっと見ていた白麗なら、フェルフィズの居場所も分かるのではないか。シェルディアはそう考えた。
「お主らには残念な答えじゃろうが、妾にも見えん。お主らがこの世界に来る前に、何か異質な気配がこちらに入って来た事は感じたんじゃが、その気配を辿って見る事は出来なんだ。こんな事は妾にも初めてじゃよ」
「そう、あなたでもフェルフィズの居場所は分からないのね・・・・・・」
シェルディアが残念ではないが、難しげな顔を浮かべる。シェルディアと白麗の会話を聞いていた影人も、自然とシェルディアと同じような顔を浮かべていた。




