第1669話 天狐の力(2)
「だが、お主のシェルディアの呼び方を初めて聞いた時には驚いたぞ。あのシェルディアに嬢ちゃん呼びじゃからな。さすがの妾もシェルディアに嬢ちゃん呼びは出来ん。何せ、シェルディアは絶対最強たる三なる真祖の1者なのじゃからな」
「嬢ちゃんの化け物ぶりはちゃんと分かってるつもりだが・・・・・・白麗さんでもそう言うんだな」
「応よ。シェルディア、シエラ、シス。呪われし吸血鬼の真祖たち。その真の恐ろしさは、あの時代を生きた者ならば誰だって知っておる。なにせ、奴らが本気になれば、たった3人でこの世界を支配出来たのじゃからな。規格外もいいところじゃよ」
当時を思い出しているのか、白麗はどこか真剣な顔でそう言った。
「さ、3人で世界征服出来るか。それはえげつないな・・・・・・俺はシエラさんも知ってるが、パッと見た限りじゃそんな力があるなんて思えないからな」
「ああ、夕餉の時にシェルディアから聞いたがシエラは今お主たちの世界で茶屋を営んでおるのじゃろ。その話を聞いた時も本当に驚いたぞ。真祖が営む茶屋など聞いた事もないわ。まあ、正直行ってみたいがの」
「シエラさんの所は飲み物も飯も絶品だぜ。グルメな嬢ちゃんもすっかり常連だからな」
「シエラの茶屋でシェルディアが茶を飲む。ほほっ、何とも面白そうな光景じゃ」
白麗は楽しそうに笑い酒を呑んだ。どうやら、影人の話はちゃんと肴になっているようだ。
「まあ、何にせよシェルディアがお主にそう呼ぶ事を許しているという事は、シェルディアにとってお主は特別なのじゃろう」
「・・・・・・どうだかな。俺は単に嬢ちゃんに気に入られてるってだけだよ」
「阿呆。それを特別というのじゃろう」
白麗は呆れたようにそう言うと、酒を飲み干した。空になった容器とおちょこを置いた白麗は、その白銀の瞳で影人を見つめてきた。
「のう、帰城影人。せっかくじゃから妾に直接見せてくれんか。もう片方のお前の姿を」
「っ、スプリガンの事を言ってるのか? ・・・・・・まあ、いいぜ。本来はそんなに安っぽく変身はしないんだが、滞在させてもらってるからな」
影人は浴衣の懐からペンデュラムを取り出した。そして、力ある言葉を放った。
「変身」
ペンデュラムの黒い宝石が黒い輝きを放つ。そして数秒後、影人はスプリガンへと変身した。
「おお、これじゃこれじゃ。妾がお前に興味を抱いた姿は。衣装も変わるという事は、お主の顔やら何やらも変わっておるのか?」
「いや、顔は元のままだ。単純に前髪が少し短くなっただけだしな。目の色は今は金だが、通常時は黒だ。スプリガンの服装には認識阻害の力があるから、基本は顔や声は変わらないんだ。・・・・・・まあ、そのせいで嬢ちゃんは俺がスプリガンだって気づかなかったんだがな」
キラキラとした目を向けてきた白麗に影人はそう説明した。スプリガンの認識阻害の力の効力がなくなるのは、影人が自分から相手に正体を告げた時か、影人がスプリガンに変身、又は変身の解除を見られる事だ。おそらく、白麗は天眼で影人の変身の瞬間を見ていたので、影人がスプリガンだと知っていたのだろう。
「やはり、こちらのお主は色男じゃの。先ほどまでは珍妙で暗い見た目じゃった分、余計にそう感じるわ」
「誰が珍妙で暗い見た目だ。ったく、ずけずけと言ってくれるぜ・・・・・・」
「ほほっ、嘘を言うよりかはいいじゃろ。それにしても・・・・・・そのお主の姿を見たら少し滾ってきたの。帰城影人。いやスプリガンよ。少し妾と手合わせしてみんか?」
白麗は唐突にそんな事を言ってきた。その白銀の瞳にはゾクリとするような戦いの色が見えた。
「っ・・・・・・本気で言ってるのか?」
影人は思わず白麗にそう聞き返した。白麗は首を縦に振った。




