第1660話 テアメエル到着、妖狐の案内(1)
「・・・・・・見えてきたな。あの島がテアメエルか」
空飛ぶ馬車でシザジベルを飛び立ってから数時間後。闇色の船――さながらどこかの黒い真珠のような船――に乗っていた影人は、視界内に浮かぶ大きな島を見つめながらそう呟いた。ちなみに、この船を創造したのは影人なので、今の影人はスプリガンの姿だった。
「しかし、意外だったぜ。嬢ちゃんがテアメエルの島には船で行きたいって言った時は。ちょっと船旅でもしたくなったのか?」
影人は甲板にいたシェルディアにそう言葉をかけた。影人の言葉にシェルディアは軽く頷いた。
「まあそうね。でも、それ以外の理由の方が大きいわ。キトナに船というものを経験させてあげたかったという理由が1番大きく、後は・・・・・・礼儀のようなものかしら」
シェルディアが甲板から海を見ていたキトナをチラリと見つめる。キトナは船に乗ったのは初めてらしく、「わあ、素敵です!」とはしゃいでいた。
「キトナさん云々の理由は分かるが・・・・・・礼儀っていうのはどういう意味なんだ?」
「・・・・・・正直、あまり深い意味はないの。私の勝手な心掛けに過ぎないわ。昔、魔妖族に私たち真祖と同等の実力を持つ者がいたの。一応、彼女は不死の存在だったから、まだ生きているかもしれないと思って。彼女は魔妖族だから、生きていれば島にいる可能性は高いでしょ? だから、空から勝手に島に入れば文句が言われるかもって思ったのよ。自分を見下ろすなって。彼女、自尊心が高いから」
影人の質問にシェルディアはどこかぼんやりとした笑みを浮かべた。
「嬢ちゃんとタメを張る怪物がまだいたのかよ。恐ろしいな・・・・・・理由は分かったが、その魔妖族の人が島にいたとして、俺たちの侵入経路なんて分かるのか? 普通、分かるとは思えないんだが・・・・・・」
「彼女、眼が良いのよ。だから、それくらいは造作もなく分かるわ」
「・・・・・・そうか」
シェルディアがそう言うのならばそうなのだろう。影人はただ一言理解を示す言葉を呟くと、再び金の瞳をテアメエルに向けた。
目の前に見えるのは魔なるモノたちが住む島。その中にはもしかすれば、極大の力を持つ魔が潜んでいるかもしれない。出来る事ならばそんな者とは出会いたくないなと、影人は心の中で思った。
「さて、じゃあまずは賑わってる所を目指すか」
テアメエルに上陸した影人は旅の仲間たちに向かってそう言葉をかけた。ちなみに、今の影人は通常の前髪野郎モードだ。船は影人が変身を解除すれば消えてしまうので港は利用できない。そのため、影人たちは港とは逆の場所に上陸していた。まあつまりは、今回も密入国のようなものであった。
「そうね。寝床も探さなければならないし。キトナ、テアメエルで1番賑わっている場所は分かる?」
「うーん、そうですね・・・・・・テアメエルで1番賑わっている町はヒギツネと聞いた事があります。ここからどう行くかまでは分かりませんが・・・・・・」
シェルディアの問いかけにキトナは軽く首を傾げながらもそう答えた。
「そう、分かったわ。まあ、適当に歩いていれば誰かに会うでしょうから、ヒギツネの場所はその誰かにでも――」
聞けばいい。シェルディアがそう言葉を紡ごうとすると、
「――いいえ。その必要には及びません」
突然、どこからか女の声が響いた。




