第165話 魔女と少年たちの葛藤(1)
「はいよ、今日はここまで。お疲れ、光司っち。ほいこれ麦茶」
「はぁ、はぁ・・・・・・・ありがとう、ございます」
刀時が渡してくれた麦茶を一気に飲み干し、光司は大きく息を吐いた。体に優しい甘みのある麦茶が染みていく。
「・・・・・分かってはいましたが、刀時さんの強さはやっぱり尋常じゃないですね」
「へへっ、そう言われるのは男子的には素直に嬉しいな。あんがとよ光司っち」
変身を解いた刀時が照れくさそうに頬を掻いた。汗を流している光司と対照的に、刀時は汗1つかいていない。その姿が勝負の結果を物語っていた。
「まあ、対人なら俺の方が経験値は高いしな。逆に負けちゃったら俺の人生の時間は? ってことになっちまうし、そこはよかったよ」
刀時は物心がついた時から、自分の祖父から剱原家相伝の古流剣術をやってきた。いや、やらされてきたと言うべきか。
祖父と何度も剣術の稽古を行わされてきた刀時の対人経験は守護者の中でも群を抜いている。十何年に渡る対人経験がある刀時が、すぐに光司に負けてしまっては、刀時は明日から不登校になって引きこもる自信がある。剱原刀時はメンタルが弱い系男子である。
「でもやっぱり筋はいいよ光司っち。たぶん、元々才能がある。つーか、今でも普通に強いし」
「っ・・・・・それじゃあダメなんです。僕はもっと強くならなきゃいけない。そう思い直したんです。あの2人を守れるように、奴にもう2度と借りを作らないためにも・・・・!」
焦燥感を感じさせる口調でそう言葉を吐き出した光司。奴というのが誰のことを指すのかは分からないが、刀時はそんな光司に少し危うさを感じた。
(・・・・・・・・なんだかな、俺の知ってる光司っちとは少し違う。ただ力だけを追い求める、強くなるって考え方は特段悪いことじゃないが、今の感じだと少し心配だな)
刀時が知ってるいる香乃宮光司という人物は、爽やかで人がいい、いっそのこと腹の立つほどのイケメンだ。だが、いま目の前にいるのは悩みと使命感をごちゃ混ぜにしてしまったただの少年だ。
(偉そうな考えだが、俺がある程度は導いてやらないとな。それが守護者の先達として俺がしてやれることだ)
「・・・・・光司っちのその考えは本当に立派だよ。守護者の鏡だ。でもさ、人間そんなに簡単にそんなに早く強くはなれない。今はまだゆっくりでいいから、これからも頑張ろうぜ?」
「・・・・・・・・はい、ありがとうございます。剱原さんの言う通りですね。すみませんが、今日のところはこれで失礼させていただきます。では」
「おう、お疲れ。また来な光司っち」
刀時が笑顔で光司を見送った。刀時は定期的に光司と戦ってくれるとのことで、光司はしばらく剱原家に通うことになる。
手を振っている刀時に頭を下げ、光司はすっかり暗くなった世界に歩を進めた。
(剱原さんに甘える形になってしまったけど、この実戦を続けていけば、確実に強くなれる。それは本当にありがたいことだ)
時間はまだかかるだろうが、確実に強くはなれるだろう。だが、
(・・・・・・・・僕は奴に追いつけるのか? 光導姫と同じく特殊な力を持つ、あいつに・・・・・)
光司の頭に浮かぶのは、闇の力を使う金色の眼をした黒衣の男。まるで不吉な黒猫を思わせるその男は、どういった理由か何度も陽華と明夜を助けたらしい。
そして、結果的には自分もスプリガンに助けられた。光司の脳裏に過るのは、最上位の闇人フェリートとそれに互角に対応していたスプリガン。その特別な力。
「俺は・・・・・・・・」
特別な力なんてなくたって光導姫を守ってみせるという気概はあるし、その思いに変わりはない。
しかし、光司の中の「力」に対する渇望は急激に高まりつつあった。




