第1648話 優しい嘘が崩れる時(4)
「私の言葉が信じられないというのならば、1つ実験をしてみましょうか。これは『真実の石』。言葉に反応して、その言葉が真か嘘かを示す物です。真なら白に嘘なら黒に変色します。要はまあ、嘘発見器のようなものですね。ソラ君、今からいくつか質問をしますので、少し答えてもらってもいいですか?」
「ふん! そんなの嘘に決まってる。いいよ、その石が偽物だって俺が証明してやる」
「そうですか。では、質問を始めますよ。ソラ君、君は『羽無し』ですか?」
「うん」
ソラがそう言うと、男の手の上にある透明の球がその色を変えた。その色は白色だった。
「真実ですね」
「っ・・・・・・」
その光景を見たソラが驚いた顔を浮かべる。男の説明したように、本当に真実で球の色が白に変化したからだ。
「では次の質問を。ソラくんの年齢は?」
「・・・・・・12歳」
すると、今度は球の色が黒へと変化した。
「ふむ、嘘のようですね」
「なっ・・・・・・」
嘘を見破られたソラが再び驚く。確かにソラの今の答えは嘘だ。ソラは現在10歳だ。
「これで効果は理解出来たでしょう。ソラ君、君にこの『真実の石』を貸してあげましょう。これで影人くんに質問してみるといい。本当にあなたは『羽無し』なのかと。きっと黒く染まると思いますよ」
「あ・・・・・・」
男はソラにそっと石を手渡した。ソラは反射的にそれを受け取ってしまった。
「では、私はこれで」
男はそう言うとどこかへと消えていった。
「影人兄ちゃん・・・・・・俺は・・・・・・」
残されたソラは「真実の石」をギュと握り締め不安そうな顔を浮かべた。
ソラの中に一滴の疑念の雫が落ちた。
「・・・・・・今日も今のところはフェルフィズの奴が来た気配はなし。メザミアからウリタハナの時はあんなに早かったのに・・・・・・よく分からんな」
翌日昼過ぎ。昼食を食べ宿を出た影人はポツリとそう呟いた。
「だけどまあ、俺たちには待つ事しか出来ないからな・・・・・・それまでは適当に時を過ごすしかないよな」
独り言を呟きながら影人は今日も孤児院へと向かう。今日でシザジベル滞在9日目。すっかりこの町にも慣れた。住人たちの影人を見る目は未だに恐れの色があったが、影人はそんな事はもう気にしていなかった。
「すみません、影人ですが――」
孤児院に着いた影人がいつも通り玄関のドアをノックする。すると、すぐにドアが開かれた。
「っ、え、影人兄ちゃん」
「ソラか。今日は随分と出るのが早いな。ドアの近くで待ってたのか?」
出てきたのはソラだった。影人は軽く首を傾げながらソラにそう聞いた。
「う、うん。影人兄ちゃんと早く遊びたくって。だから、早く遊びに行こ影人兄ちゃん」
「お、おう」
ソラは遊びに行くような明るい顔ではなく、どこか難しげな顔で影人の右手を引き歩き始めた。影人は少し驚いたが、そのままソラに手を引かれ歩き始める。
「・・・・・・ねえ、影人兄ちゃん。改めて、聞きたい事があるんだ」
少しすると、ソラは立ち止まり握っていた影人の手を離した。ソラが立ち止まったのは、初めて影人とソラが出会った通りだった。
「なんだよ?」
「影人兄ちゃんは・・・・・・影人兄ちゃんは俺と同じだよね? 俺と同じ『羽無し』だよね?」
ソラは影人の方に振り返ると、そんな質問を飛ばした。そして、ソラはズボンのポケットの中から、昨日男から手渡された透明の球を取り出し、影人には見えないようにそれを握った。
「・・・・・・急にどうしたんだ? 何で今更そんな事を聞くんだよ」
「いいから、答えて」
影人はよく分からないといった顔を浮かべたが、ソラはそのまま押し切った。
「・・・・・・ああ。俺はお前と同じ『羽無し』だよ」
影人が答えを述べる。影人の答えを聞いたソラは、チラリと視線を握っている球に向けた。
すると、その球の色は黒色へと変化していた。
「っ・・・・・・!?」
その色が示すものは、影人の答えが嘘だという事。つまり、影人はソラと同じ『羽無し』ではないという事だった。
「・・・・・・嘘つき」
「え?」
ソラが顔を俯かせる。影人は訳がわからないといった様子でそう言葉を漏らした。
「嘘つき! 信じてたのに! 影人兄ちゃんは俺と同じだって! でも影人兄ちゃんは違うんじゃないか! 『羽無し』じゃない! 嘘つき嘘つき! 2度と俺に近づくな! 影人兄ちゃんなんか・・・・・・大嫌いだッ!」
ソラは顔を上げそう叫んだ。ソラは泣いていた。小さな体を震わせ泣いていた。周囲にいた者たちは何事だという感じの顔を浮かべた。
「ソ、ソラ・・・・・・」
泣くソラを見た影人は咄嗟に言葉が出てこなかった。ソラの泣く姿を見てキュッと影人の胸の奥が締め付けられる。影人が早く何か言わなければと思っていると、ソラはバッと全速力で駆け出した。
「っ、ソラ!」
影人は駆けるソラの背に向かって反射的に手を伸ばした。届くはずがない手を。
――この瞬間、優しい嘘は崩れ去った。




