第1644話 ソラとの日々(4)
「最後は私ね。よく来たな勇者カルタス。私こそが邪悪なる吸血鬼の王。この私に勝てるかな?」
シェルディアが芝居掛かった口調でソラにそう宣言する。ソラは剣を構えるような仕草で、シェルディアにこう言った。
「現れたな悪の親玉め! 貴様を倒して世に平和を戻してみせる! 喰らえカルタス斬!」
「ふはは、そんなものは不死である私には効かないぞ」
「な、何っ!? くっ、なら――!」
ソラは演技のため厳しい顔を浮かべていたが、その顔には隠しきれぬ楽しさの色があった。それから、ソラと影人たちはしばらくソラに付き合う形で遊び続けた。
――それから、
「ほら影人兄ちゃんこっちこっち!」
「分かったからそんなに急ぐなよ。転んだら危ないぞ」
1日、
「影人兄ちゃん疲れたからおんぶして!」
「はあ? ったく、仕方ねえな」
1日、
「影人兄ちゃん、今日は外に行ってみようよ!」
「お前ユニルさんがそれはダメだって言ってただろ」
「大丈夫大丈夫! 俺と影人兄ちゃんだけの秘密にすればさ! へへっ、『羽無し』同士の秘密だよ!」
「はあー・・・・・・悪ガキめ。今回だけだぞ」
「やったあ! 影人兄ちゃん大好き!」
また1日とソラとの日々は過ぎて行った。気づけば、影人がシザジベルに来てソラと出会い7日の日が過ぎた。フェルフィズは不思議と未だにシザジベルには来ていなかった。もちろん、シトュウから他の霊地の境界が揺らいだという報告もない。そのような事情から、影人は自然とソラと絆を深めていった。
「すみません、影人です。ソラくんはいますか?」
シザジベル滞在8日目。昼頃に影人はいつも通り孤児院にやって来ていた。影人は孤児院のドアをノックした。
「影人さん、こんにちは。今日もありがとうございます」
「ああユニルさん、こんにちは。いえ、昨日もソラと約束してしまったので。まあ、俺も訳あって暇なんでけっこう助かってるんですが。あ、無理してるとか気遣いとかではないので」
「そう言っていただけるとありがたいです。最近のソラは今までにないくらい明るくなりました。毎日が楽しそうで、イタズラもすっかりやめたようですから。これも全て影人さんのおかげです。あの子と仲良くしていただいて、本当にありがとうございます」
ユニルは心から感謝している様子で影人に深く頭を下げて来た。
「いえ、そんな・・・・・・それより、ソラくんは?」
「ソラは今用を足しています。もう少しすれば来ると思うのですが・・・・・・」
ユニルがそう言うと、どこからかこんな声が聞こえてきた。
「・・・・・・ソラは大きい方だからまだ時間かかるよ」
声の主は黒髪の少年だった。影人はその少年に見覚えがあった。
「君は・・・・・・確かベゾト君だったな」
「はい。聞きましたよ、あなたは吸血鬼たちと旅をしているって。・・・・・・やっぱり、あなたも本当は吸血鬼じゃないんですか?」
「・・・・・・いや、俺は『羽無し』だよ。バレたくないから、ソラやここの人以外には嘘をついてるがな」
どうやら、ベゾトはまだ影人の事を疑っているようだ。影人は再び嘘の答えをベゾトに述べた。
「ベゾト、失礼よ。影人さんはソラによくしていただいてる方なのに」
「分かってるよユニルさん。・・・・・・もし、あなたがソラのためを思って嘘をついているなら、覚えておいてくださいよ。あなたのそれは優しさとは言わない。少なくとも、俺はそう思います」
ベゾトはそう言うと、孤児院の奥の部屋へと引っ込んでいった。
「ベゾト! すみません、影人さん。あの子は言葉こそキツいですが・・・・・・本当はいい子なんです」
「いえ、それは俺にもわかります。本当に、優しい子ですね彼は」
申し訳なさそうな顔のユニルに影人はそう言葉を返した。
(あれは多分俺の嘘に気づいてるな。その上であの忠告・・・・・・ソラ、よかったな)
影人がベゾトについてそんな事を考えていると、誰かがこちらに小走りをしてきた。その誰かはソラだった。
「ごめん影人兄ちゃん! 出ようと思ったら急に便所に行きたくなっちゃって」
「気にするな。ユニルさんとお前と入れ違いだが、ベゾト君とも話してたからな」
「ベゾトの奴と? 俺あいつ嫌いなんだよね。いっつも俺の事『羽無し』ってバカにしてくるし。だからしょっちゅうケンカしてるよ」
「そうなのか? でも、お前俺と初めて会った時にあの子呼びにいったじゃねえか」
「あれはベゾトに『羽無し』は1人じゃないって証拠見せたかったからだよ。そんな事はどうでもいいから早く遊びに行こうよ!」
「あ、ああ・・・・・・」
ソラはそう言うと外に飛び出していった。影人は意外そうな顔を浮かべ、チラリとユニルの方に顔を向けた。
「ベゾトはソラの事を気遣ってくれてるんですが、その中々素直じゃなくて・・・・・・」
「そういう事ですか・・・・・・すみません、ありがとうございます」
影人の反応から察したユニルが困ったようにそう言った。その言葉を聞いた影人は事情を理解した。そして、ユニルに軽く頭を下げソラの後を追った。
「ねえねえ、影人兄ちゃん。今日は何して遊ぼっか?」
「別に何でもいいぞ」
「うーん、じゃあシェルディアとかキトナ姉ちゃんとか誘って遊ぶのはどう? ついでにフェリート兄ちゃんとゼノも誘ってさ」
ソラがそんな提案をする。この数日間の間で、ソラはフェリートとゼノとも面識を得ていた。
「あー、確か今日は何かそれぞれ用事があるって感じでみんな宿にはいないぜ。だから、悪いがそれはなしだ」
「えー、早く言ってよ。じゃあ、今日は俺と影人兄ちゃんだけか。・・・・・・まあ、いっか。影人兄ちゃんと遊ぶの楽しいし」
「はっ、当たり前だろ。なんせ、俺は遊びの名人だからな」
屈託のない笑顔を浮かべるソラに、暖かな気持ちを感じながら影人は小さく笑った。そんな2人の様子はまるで兄弟のようであった。
「――っ、あれは・・・・・・」
そんな2人の様子を見たとある翼人族の男がいた。男は少しの間緊張したような顔を浮かべていたが、
「なんだか、面白い事が出来そうな気がしますね」
やがて、ニヤリと笑みを浮かべた。その笑みは明確に――
――邪悪だった。




