第1642話 ソラとの日々(2)
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・お、おえっ・・・・・・だ、ダメだ・・・・もう走れねえ・・・・・・」
果たして約数十分後。そこには膝を地面につき、ガクガクと生まれたての小鹿のように足を震わせる前髪の姿があった。普段の自分がモヤシである事を忘れていた影人は、結局ソラを捕まえる事が出来なかった。要は子供に負けたのである。
「あれ、もう終わり? あはは、情けないなー影人兄ちゃんは」
「う、うるせえ・・・・・・というか、お前が速すぎるんだ。加えて、体力までありやがるし・・・・・・」
まだまだ元気いっぱいという様子で笑うソラに、影人は息を荒げながらそう言葉を返す。流石は遊びたい盛りの子供といった様子だ。
「へへっ、まあ俺孤児院で1番速いしね。じゃあ次は何して遊ぶ? 影人兄ちゃんどうせもう追いかけっこは出来ないでしょ」
「ガ、ガキが舐めやがって・・・・・・だ、だが、悔しい事にお前の言う通りだ・・・・・・」
ようやく息が整って来た影人はヨロヨロと立ち上がった。影人とソラがそんな話を交わしていると、
「あら影人、奇遇ね。こんな所で会うなんて」
「あ、影人さん。先ほどぶりです」
偶然この辺りを通りかかっていたらしいシェルディアとキトナが影人を見つけそう声を掛けて来た。
「っ、嬢ちゃんにキトナさんか。その感じだと偶然俺たちを見つけたって感じだな」
「ええ。今日もキトナとこの町を巡ろうと思って。こっちの辺りはまだ来てなかったから。それで、その子が?」
「ああ。ソラだ」
シェルディアがソラを見つめ、影人は頷いた。
「わあ、お前も『羽無し』か!? 影人兄ちゃん、こいつと知り合いなの!?」
「お、おおう・・・・・・仕方ないとはいえお前すげえな・・・・・・」
シェルディアを見て興奮した様子のソラ。影人は子供特有の無邪気な言葉を聞き、思わず若干引いてしまった。シェルディアは見た目こそ少女だが、その正体は幾千年以上の時を生きる吸血鬼だ。シェルディアの正体を知る者ならば、シェルディアに対してお前やこいつなど言えるはずもなかった。まあ、それは過去の影人にも言える事なのだが。
「ふふっ、こんにちは。そうね、私は・・・・・・」
シェルディアがチラリと影人に視線を向ける。本当の事か嘘を言うかという事を暗に聞いているのだ。その視線の意味を理解した影人は、ソラにこう言った。
「いや、嬢ちゃんは吸血鬼だ。正真正銘のな。俺はこの2人と後2人の男の吸血鬼と一緒に旅をしてるんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。一見すると分からないがな。だから、『羽無し』は俺だけなんだ。俺が吸血鬼って嘘をついてたのは、吸血鬼と一緒に旅をしてるからって理由もあったんだ」
影人はシェルディアたちの正体は素直にソラに教える事にした。何となくという部分が大半ではあるが、そっちの方がいいと思ったからだ。
「ふーん・・・・・・そうなんだ。じゃあ、俺と同じなのは影人兄ちゃんだけなんだね」
ソラのシェルディアを見る目が少し変わり、残念そうなものになる。影人は落ち込むソラにこう言った。
「まあな。『羽無し』はそうそういないって事だ。でも、嬢ちゃんもキトナさんも優しいぜ。翼人族じゃないから、『羽無し』でも関係なく接してくれるからな」
「・・・・・・そうなの?」
「ええ。初めましてソラさん。私はキトナと申します。見ての通り、獣人族です。よろしければ、私もご一緒に遊んでもよろしいでしょうか?」
期待と不安が入り混じるような目になったソラに、キトナがしゃがみ優しく微笑みかける。キトナは聡明なので瞬時に状況を理解し、ソラの不安を解こうとしてくれたのだろう。影人は内心でキトナに感謝した。




