第1640話 羽無しの少年(4)
「は? 何言ってるんだよベゾト! 影人兄ちゃんにはツノも尻尾も羽もないじゃないか! 俺と同じ『羽無し』に決まってるだろ!?」
「お前はちょっと黙れバカ『羽無し』。図書館の本か何かで読んだ事があるんだよ。世界には身体的な特徴が何もない種族もいるって。確か、吸血鬼って種族だったはずだ。それに、魔妖族の中にもいるらしい。あなたはそういった種族じゃないんですか? あなたは上の島から来ていないと言った。少なくとも、リィフィルの地上の土地はこのシザジベルだけです」
「っ・・・・・・」
ベゾトの質問は核心をつくものだった。しかも、影人が翼人族とは思えないという証拠を1つ提示してきた。ベゾトは見た目と雰囲気的に、少し不良少年気味な感じだったが、知識もあり頭もいい。少し油断していたと影人は反射的に思った。
「ち、違うよね影人兄ちゃん!? た、確かに兄ちゃんはさっき吸血鬼がどうのって言ってたけど、あれは冗談だよね!? 『羽無し』って思われたくなかったんだよね!? 俺には分かるよ! 『羽無し』って分かったら、みんな怖がって近づいてこないから! それが嫌だったんだよね!?」
ソラが必死な様子で影人にそう言ってくる。その顔には恐れや不安があった。もしベゾトの言う事が本当だったらどうしよう。ソラは今にも泣き出しそうだった。
(・・・・・・どうする。真実を言うとしたらここだ。多分、ここがラストチャンス。真実を言えば、ソラはきっと傷つく。でも、いつかは立ち直る。逆にここで俺が嘘をつけば・・・・・・)
影人は刹那の間、永遠とも思えるほどに悩んだ。そしてその末に、影人はソラに真実を告げる事を決めた。
「俺は・・・・・・」
影人が意を決し改めてソラに真実を伝えようとする。全ての事情を知っているユニルは不安を隠しきれぬ顔を浮かべ、影人とソラを見守っていた。
「違う・・・・・・よね?」
「っ・・・・・・」
ソラがその目に一杯の涙を溜め、最後に影人にそう聞いて来る。その目を見た影人は思わず――
「・・・・・・ああ。俺はお前と同じ『羽無し』だよ」
そう答えてしまった。
「っ」
「だよね! ほら、やっぱり影人兄ちゃんは俺と同じだったんだ!」
影人の答えを聞いたユニルは驚いた顔を浮かべ、ソラは一転その顔を明るくし笑顔を浮かべた。
「ソラの言う通り、皆に疎まれたくなくて吸血鬼って嘘をついたんだ。ごめんな」
「ううん! 俺にもその気持ちはよく分かるから!」
小さく笑みを浮かべそう言った影人を、ソラは許してくれた。影人は未だに不審な目を向けてくるベゾトの方に顔を向けた。
「俺は遥か昔に辺境に追いやられた翼人族でな。遠い場所でひっそりと暮らしてたんだ。だから、一般には俺たちの故郷は知られていないんだよ」
「・・・・・・そうですか。それは失礼しました」
今考えた適当な理由を影人はベゾトに述べた。ベゾトは完全には納得していない様子ではあったが、そう言葉を返して来た。
「ねえねえ、影人兄ちゃんはずっとここにいるの!?」
「いや、俺は旅をしてるからずっとはいない。でも、もうしばらくの間はいると思う」
「そっか・・・・・・じゃあ、それまでは俺と遊ぼうよ! きっと楽しいよ! だって、俺と影人兄ちゃんは同じなんだから!」
満面の笑みでそう言ったソラに影人は頷いた。
「・・・・・・ああ、いいぜ。でも、今日は取り敢えず帰るよ。ちょっと用事があるからな。また明日の昼頃、ここに来る。それでいいか?」
「うん、分かった! じゃあ、また明日ね! 絶対絶対だからね!」
「おうよ。また明日な、ソラ」
影人はそう言うと、チラリと顔をユニルの方に向けた。ユニルは影人に感謝するように軽く頭を下げた。そして、影人は孤児院を後にした。
『くくっ、嘘ついちまったな影人。これで、あのガキの運命がどう転ぶか楽しみだぜ。嘘がバレなきゃ、あのガキは偽りの希望を信じ続け生き続けていく。嘘がバレりゃ、希望から絶望への転落で心が壊れるかもしれない。どっちにしろ、破滅みたいなもんだぜ』
孤児院から出るとイヴが意地悪たっぷりに影人にそう語りかけてきた。イヴの言葉は意地悪であると同時に、紛れもない真実だった。
「・・・・・・分かってるよ。俺はまごう事なきクソ野郎だ。嘘がバレてもバレなくても、俺の罪は極刑レベルだろうぜ。でも・・・・・・」
影人は無意識に悲しそうな顔を浮かべ、こう言葉を続けた。
「ガキを泣かせるのも罪だろうぜ・・・・・・つまりは、詰みだったんだよ、俺は」
ソラと出会ってしまった時点で。影人は長年親しんでいる罪悪感を抱きながら、宿へと戻った。




