第1638話 羽無しの少年(2)
「どうぞ。正直かなり薄いですが・・・・・・申し訳ありません」
キッチン近くの簡素なテーブルについた影人は、ユニルから色の薄いお茶を出された。言葉通り、申し訳なさそうな顔を浮かべるユニルに、影人はかぶりを振った。
「いえ、全く。ありがとうございます、いただきます」
影人はそう言うと、木のコップに注がれたお茶を飲んだ。お茶はユニルの言葉が嘘ではないと示すように、かなり薄くそして温かった。
「美味しいです。あの、俺はあのソラって子から何も知らされずにここに来たんですが・・・・・・ここはどんな場所なんですか? その、子供の数がかなり多いようですが・・・・・・」
この建物に入りこの場所に来るまでに、影人は多くの翼人族の子供たちを見た。子供たちは町の人々同様に影人に怯えたような目を向け、そそくさとどこかへと逃げて行った。
「ああ、それはすみません。ソラがご迷惑をお掛けしました。ここは孤児院なんです。そして、私はここの院長をしているユニル・シジャーと申します」
「孤児院・・・・・・なるほど。でも、シジャーさんが院長ですか。その、意外です。とてもお若いので」
「2年前までは違ったんですけどね。前の院長だった方が不幸な事にお亡くなりになられて・・・・・・それで、私しか院長をするものがいなかったので、成り行き的に」
「そうでしたか・・・・・・」
ユニルの説明を聞いた影人は納得し軽く頷いた。
「・・・・・・ソラ君も孤児なんですか?」
「はい。あの子は赤ん坊の頃からここにいます。翼人族であるのに羽がない子なので、色々と苦労してきて・・・・・・いえ、今もですね。とにかく、とても可哀想な子なんです。そのせいで荒れてしまい・・・・・・お恥ずかしながら、よく他の方にご迷惑を掛ける子になってしまって」
暗い顔で影人にソラの事を教えてくれたユニルは、そこで少し明るい顔を浮かべるとこう言葉を続けた。
「ですが、今日は久しぶりにあの子のあんな嬉しそうな顔を見ました。自分と同じ存在に出会えた事が本当に嬉しかったんだと思います」
「・・・・・・すみません。本当の事を言うのは少し心苦しいですが・・・・・・俺はソラ君とは違います。あなた達の言う『羽無し』とは違う存在なんです」
影人はユニルに真実を告げた。影人にそう言われたユニルは驚いた顔になった。
「え? で、でも、失礼ですが影人さんには身体的な特徴が何もないですよね・・・・・・?」
「俺は吸血鬼なんです。だから、パッ見て身体的な特徴はありません。一応、ソラ君にも説明したんですが、ソラ君は吸血鬼の事を知らない様子で」
「きゅ、吸血鬼・・・・・・そうでしたか・・・・・・すみません、私も吸血鬼の方を見たのは初めてだったので、勘違いをしてしまいました」
「いえ、謝られるような事ではないので。あの1つ聞いてもいいですか。『羽無し』っていうのはいったい何なんでしょうか? 俺たちは旅中でここに訪れたので、よく分からなくて」
影人がユニルに「羽無し」という言葉の意味を尋ねる。ユニルは「ああ、そうですよね」と頷くとこう説明してくれた。
「『羽無し』というのは、翼人族であるのに羽がない者という意味です。極めて稀ですが、そういう子が生まれて来る事もあるんです。そして『羽無し』は・・・・・・翼人族にとって恐れと忌避の対象でもあります。古くから『羽無し』は災いをもたらすと言われているからです」
「っ・・・・・・そうなんですか」
ようやくその言葉の意味が分かった影人は、ポツリとそう言葉を漏らした。あまりいい意味の言葉ではないだろうとは思っていた。そして、町の人々のあの目の理由も分かった。




