第1636話 聖地 シザジベル(4)
「・・・・・・・・・・・・は?」
まるで影人を盾にするような少年の行動に、影人が訳が分からないといった顔になる。そんな影人に対し、少年はこう言葉を叫んだ。
「助けてお兄ちゃん! あいつが俺をイジメようとするんだ!」
「は、はあ!? い、いきなり何言ってんだお前!? 何で初対面の奴に助けなんか――!」
「お前そいつの仲間か!? よく見ればお前も羽がないじゃないか! 『羽無し』め! よくも俺を馬鹿にしやがったな!」
「ご、誤解だ! 俺に羽がないのは俺が吸血鬼――」
「問答無用! 俺の怒りを喰らいやがれ! この前髪野郎!」
「ぶっ!?」
次の瞬間、若者は拳を握ると右の鉄拳を影人に放ってきた。まさか殴られると思っていなかった影人は咄嗟の反応も間に合わずに、鉄拳をモロに左頬に受けた。スプリガン状態ではないモヤシ前髪は、大きくその体をよろけさせ、地面へと尻餅をついた。
ちなみにその瞬間、イヴは『あはははははははっ! ざまあ!』と大笑いしていた。
「っ・・・・・・」
「ふん、取り敢えず今の1発で勘弁してやるよ! 2度と俺の前に姿を見せるなよ『羽無し』共!」
その光景に影人の後ろに隠れていた少年が表情を動かす。影人を殴った若者はそう捨て台詞を吐くと、背を向けその場を去ろうとした。
「・・・・・・ま、待てよ」
だが、それを殴られた本人である影人が許さなかった。影人は未だに左頬に痛みを感じながらも、よろよろと立ち上がった。
「ああ?」
「いきなりぶん殴られて、はいそうですかって殴った奴帰せるほど俺は人間出来ちゃいねえんだよ・・・・・・久々にムカついたぜクソッタレ。人を殴る時は・・・・・・まずは話を聞きやがれッ! このクソ野郎が!」
何の咎もないのに殴られたという理不尽に激しい怒りを覚えた影人は、右足を振りかぶると思い切りその足で振り向いた若者の股間を蹴り上げた。
「ぬぉぉぉぉぉぉっ!?」
影人に股間を蹴られた若者は酷い声を上げその場に蹲った。どうやら、反応を見るに男の弱点の位置は人間と変わらないようだ。
「けっ、理不尽を俺にぶつけた罰だ。しばらくそうしてろタマ◯シ野郎」
影人は蹲る男にそう吐き捨てる。相変わらず、見た目と言動が甚だ乖離している奴である。すると、影人の後ろから笑い声が聞こえてきた。
「あははははッ! ざまあないや! いい大人がガキみたい蹲ってさ!」
笑い声の主は少年だった。影人は笑う少年に前髪の下の目をギロリと向けると、こう言葉を放った。
「何笑ってやがんだガキ。元はといえば、てめえが俺の後ろに隠れなきゃこんな事にはならなかったんだ。人の話を聞かないこのタマ◯シ野郎も悪いが、俺を巻き込んだお前も悪いぜ」
「うっ・・・・・・そ、それはごめん。でも、嬉しかったんだよ! 初めて俺以外の『羽無し』と会ったから。よかった、『羽無し』は俺だけじゃなかったんだって思ったら、お兄ちゃんに近づきたいって思って・・・・・・それで、気づいたら助け求めてた」
影人にそう言われた少年は最初バツが悪そうな顔を浮かべていたが、やがて嬉しそうな顔になった。その顔には子供のあどけなさがあった。
「『羽無し』? お前がそうなのか・・・・・・?」
「うん。お兄ちゃんもでしょ?」
「いや、俺は・・・・・・」
「分かってるって。一目見たらビビってきたよ。ツノも尻尾も翼もない。お兄ちゃんは俺と同じ『羽無し』なんだって! 俺、ソラ! お兄ちゃんの名前は?」
「名前? 名前は影人だが・・・・・・」
「影人お兄ちゃん! ねえねえ俺に着いてきて! みんなに紹介したいんだ! 俺以外にも『羽無し』はいたんだって! ほら早く!」
「いや、だから俺は『羽無し』じゃ・・・・・・って、おい! バカ、急に俺の手を握って走るな!」
ソラと名乗った少年は影人の右手を握ると、どこかに向かって走り始めた。少年の力は思っていた以上に強く、またこけないようにように反射的に足を踏み出してしまった事もあり、気づけば影人は少年に手を引かれる形では走っていた。
――第3の霊地シザジベル。影人はそこで「羽無し」と呼ばれる少年と出会った。




