第1632話 火天を払え(4)
「さて、状況は・・・・・・」
ウリタハナの民家の屋根の上に転移した影人は軽く周囲を見渡した。光の柱は既に消えていた。影人が周囲を見渡していると、まだ屋根の上にいた可憐怪盗団が影人に気づいた。
「あ、お、お前・・・・・・!」
「っ、一体いつの間に・・・・・・」
「あっ・・・・・・」
「・・・・・・何だお前ら。せっかく逃してやったのにまだいたのか」
ライカ、ニーナ、メイの姿を確認した影人は少し呆れたような顔を浮かべた。正直、今となっては怪盗団に何の興味もない。影人は3人と同じように屋根の上にいたキトナを見つけると、こう言葉をかけた。
「キトナさん、今どんな状況か分かるか?」
「あ、スプリガンさん。戻って来られたという事は火の災厄は・・・・・・」
「滅した。だから、もう大丈夫だ」
「そうですか、流石です。それで、こちらの状況ですよね。ええと、シェルディアさん、ゼノさん、フェリートさんはまだ戻って来ていません。町の状況はここから見ている限り、特に変わりは。皆さん、急に『火天』のシイナが消えて戸惑っている様子でしたがそれだけです」
「そうか。教えてくれてありがとな。じゃあ、もうしばらくここで嬢ちゃんたちを待つか」
キトナの説明を受けた影人は頷くと両の手を外套のポケットに入れた。
「おい、あいつ火の災厄滅したとか言ってたけど・・・・・・き、聞き間違いだよな? それか冗談か・・・・・・」
「し、知らないわよ・・・・・・でも、冗談って雰囲気じゃないけど・・・・・・」
「ぽー・・・・・・」
ライカとニーナはひそひそ声でどこか引いたような顔を浮かべていた。そんな2人とは違い、メイだけはジーッと熱のこもった目で影人を見つめ続けていた。
「あら、戻っていたのね。その様子だと、火の災厄は斃したようね」
少しの間影人が待っていると、シェルディア、ゼノ、フェリートが屋根の上に現れた。
「ああ。それより、そっちはどうだった?」
「残念ながら、案の定というべきかフェルフィズは見つかりませんでした。恐らく、もうどこかへと逃げているでしょう。ですが・・・・・・これが」
影人の質問に答えたのはフェリートだった。フェリートはどこからか、複雑な紋様が刀身に刻まれたナイフを取り出し影人に見せて来た。
「っ、これは・・・・・・」
「ええ、メザミアの時と同じナイフです。広場の端の地面に突き刺されていましたよ」
それは次元の境界を不安定にさせるナイフだった。このナイフが示すのは、つい先ほどまでフェルフィズがこの町にいたという事。つまりは明確な物証だ。
「ちっ、メザミアの時はたまたまだろうが・・・・・・俺に追われてると分かった今でも物証を残したって事は、あの野郎楽しんでやがるな。タチが悪いクソ神だぜ」
ナイフを見た影人はフェルフィズの思惑を理解すると軽く舌打ちした。あの狂神は鬼ごっこをしているつもりだ。
「・・・・・・取り敢えず、次の場所に行くしかないね。それも出来るだけ早く。俺たちが今日を入れて3日。その短期間内にフェルフィズがここに来たって事は、向こうも速度のある移動手段を持ってるって事だ」
「だな。明日にはここを出るか。宿に戻ったら次の目的地確認しないとな。ああ、その前に報酬も貰わねえと」
「あの子達今は気を失っているから、それはまた明日の方がいいと思うわ」
「そうなのか? じゃあ明日出発する前にするか」
ゼノとシェルディアの指摘に頷いた影人は屋根の上を歩くと人通りのない暗い路地に飛び降りた。影人に続くように、シェルディアとゼノ、そしてフェリートに抱っこされたキトナも屋根から降りた。
「ちょ、ちょっとどこに行く気だよあんたら!?」
「? どこって帰るんだよ。もう夜も遅いからな。ああ、もうお前ら捕まえるつもりはないから適当に逃げていいぞ。じゃあな」
状況が全く分からないといった様子でライカが屋根の上からそう叫ぶ。シイナ戦やフェルフィズの事で既に怪盗団から興味を失っていた影人は、そう言うとどこかへと歩いて消えた。当然、シェルディア達も。キトナだけが「怪盗団の皆さん。今日は楽しかったです。ごきげんよう」と優雅に一礼していった。
「な、何だったんだよあいつら・・・・・・」
「分かるわけないわ・・・・・・ただ、多分私たちは運が良かったって事よ」
「スプリガン・・・・・・か、格好いい・・・・・・」
残されたライカ、ニーナ、メイたち可憐怪盗団はそれぞれの感想を呟くと、やがて屋根の上から消えた。
――不安定になった次元の境界は2つ。残る次元の境界は――あと3つ。




