第1630話 火天を払え(2)
「その余裕、いつまで続くかしらね」
シイナはそう言うと、広げた翼から炎の礫を影人へと放って来た。急な攻撃だ。だが、目を闇を強化した影人からしてみれば、それでも十二分に対応できる速度だ。
「無論、死ぬまで・・・・・・ってな」
影人は大きく空中を横に滑ると、闇色の水の龍と氷の龍を創造しシイナへと放った。水と氷の龍、それは明夜と同じ技だった。
「無駄よ」
炎には水と氷をという影人の安易な考えを砕くかのように、シイナがそう呟く。シイナは回避の行動を一切取らない。黒の水と氷がシイナへとその顎門を開く。
しかし、龍たちはシイナに近づいた瞬間、一瞬にして蒸発して消えた。
「っ・・・・・・」
「私の一定範囲内に入ったモノは全て焼き切れる。全てが灰燼に帰す。私にはどんな攻撃も意味をなさない」
軽く目を見開いた影人にシイナは淡々と絶望を与えるような説明を行った。シイナは荒れ狂う炎の奔流を自身の周囲から呼び出し、それを影人へと放った。
「はっ、マジか。あんた本当に地の災厄と同等の存在かよ・・・・・・! 明らかにあいつとあんたじゃ無理ゲーのレベルが違うんだが・・・・・・まさか、地の災厄は我々4人の中でも最弱の災厄とかいうオチじゃねえだろうな・・・・・・!」
触れれば骨すら残さないであろう炎の奔流を避けながら、影人が言葉を投げかける。シイナは全く表情を変えずに答えを放つ。
「災厄たる私たちに強弱の概念はないわ。まあ、エリレの器に触れるのは私や他の災厄に比べれば、比較的楽ではあるけど。結局、不死だから変わりはしない」
「はっ、確かにそりゃそうか」
影人は突然その場に静止した。結果、影人に向かって炎の奔流が殺到する。そして次の瞬間、影人は炎の奔流に包まれた。
「っ?」
急に諦めたかのように炎に包まれた影人にシイナは疑問を抱いた。エリレを斃した者がこの程度で終わるものなのか。シイナがそう思いながら炎の奔流が消えるのを待っていると、
「さて・・・・・・どうやってあんたを討つか。エリレと同じ方法ってのも味気ないしな」
全てを防ぐ闇色の障壁で身を守っていた影人が現れた。影人は障壁を解除すると、ジッと金の瞳でシイナを見つめた。
「・・・・・・やっぱり、そう簡単にはいかないわね」
「まあな。あんたみたいな無茶苦茶な奴らとは戦い慣れてるし、そう簡単には死なねえよ」
影人はそう言うと内心で考えを巡らせた。
(『影闇の城』で災厄を殺せる事は確認済みだ。だから、確実に殺すなら『世界』を使えばいい。ああは言ったが、遊んでる時間はないんだからな。・・・・・・取り敢えず、もう1つの方法で災厄を殺せるか試してからにするか)
『世界』は強力だが力の消費が尋常ではない。もしかすれば、この後にはフェルフィズとの戦いが控えているかもしれない。それに今後、場合によっては『世界』を顕現出来ない事態もあるかもしれない。それらの事を考慮し、影人はもう1つの不死殺しの力を使う事にした。
「解放――『終焉』」
影人は自身がレゼルニウスから受け継いだ、全てを終わらせる力を解放した。影人の体から終焉の闇が立ち昇り、影人の姿が変化する。ボロ切れを纏い、長髪に黒と金のオッドアイの姿に変化した影人は、『加速』の力を使い一瞬でシイナへと肉薄した。
「っ!? その力は・・・・・・」
目によってエリレは『終焉』の力がどのようなものか理解した。エリレやシイナの眼で情報を読み取れないのは、あくまで阻害の力が働いているスプリガン自身の事だけだ。そのため、『世界端現』や『終焉』といった力についての情報は識る事が出来た。
「まあ、究極の初見殺しでチート中のチートみたいな力だ。あんたみたいな存在も殺せるかどうか、試させてもらうぜ」
『終焉』の闇をその身に纏わせた影人は、シイナに近づいても燃える事はなかった。それは『終焉』の闇がシイナの熱を打ち消したからだ。影人はシイナの近づけば燃えるという現象を攻撃と認識していた。『終焉』を発動している時の影人には、いかなる攻撃も現象も傷やダメージを与える事は出来ない。
『終焉』の闇が今にもシイナに触れようとする。だが、シイナは影人の方に炎を噴射してきた。
「無駄だ。『終焉』の闇は炎をも終わらせる」
「それはもう分かっているわ。この炎は・・・・・・逃げるための炎よ」
シイナがそう呟いた瞬間、シイナが凄まじい速度で後方へと飛んで行った。結果、刹那の差で『終焉』の闇はシイナに触れはしなかった。




