第1629話 火天を払え(1)
「――火の災厄、『火天』のシイナ。お目覚めの気分はどうだ?」
宙に浮かびながら、影人は覚醒したシイナに向かってそう語りかけた。影人の言葉を受けたシイナは、エリレと同じように複雑で美しい紋様が刻まれた瞳を影人へと向けた。
「何、あなた? 私の眼でも情報が読み取れない・・・・・・しかも、あなたエリレを滅したの?」
「へえ・・・・・・分かるのか。ああ、お仲間かどうかは知らないが、『地天』のエリレを斃したのは俺だ」
女性のような少し高めの声でシイナは影人にそう聞いて来た。影人はシイナの言葉に頷きそう答えを返した。
「・・・・・・あなたは不死の私たちを滅する事が出来るのね。はっきり言って・・・・・・脅威だわ」
「別にお前が何もしないのなら俺も何もしない。だが、あいつは言ってたぜ。自分はただ生命を破壊する者だってな。お前はエリレと同じような存在なんだろ? なら、これからどうなるかは、残念ながら予想はつきやすいってもんだ」
「・・・・・・そうね。答えは決まりきっているわ。私の使命はこの世界の生命をただ壊す事。だから・・・・」
シイナはその身を形成する炎を荒ぶらせると、影人にこう言った。
「あなたを壊すわ」
「まあ、そうなるよな。じゃあ俺も・・・・・・お前を斃すぜ」
シイナの宣言に影人も似たような宣言を返す。そして、影人はこう言葉を唱えた。
「『世界端現』。来いよ影闇の鎖」
影人が右手をシイナに伸ばすと、影人の右手付近から影闇の鎖が出現しシイナの方に向かって伸びた。影人の鎖は全てを縛る鎖。影闇の鎖は影人の意思通り、シイナの体に巻き付いた。
「っ、私の体を・・・・・・」
「取り敢えず、まずは場所を移させてもらうぜ。ここで俺とお前が戦えば下の奴らが巻き添えを食うからな」
影人は自分の右手近くから伸びている影闇の鎖を掴んだ。そして、渾身の力を込め思い切り鎖を振るった。
「そらよっ・・・・・・!」
「っ・・・・・・!?」
その結果、シイナは凄まじい勢いで空中を移動した。影闇の鎖は無限に伸びるので、シイナはどこまでも飛ばされていった。
「な、なんだ!? 急に炎の子供が消えたぞ!?」
「ど、どうなってるんだ・・・・・・!?」
地上から光の柱とその中にいたシイナを見ていた民衆たちがざわめく。民衆の意識は光の柱とシイナに殆ど割かれており、影人に気づいていた者は全くと言っていいレベルでいなかった。
「シッ・・・・・・!」
飛ばしたシイナを追うように、影人も加速し鎖を追った。シイナの体は炎で出来ているため、夜の闇の中でもよく見えた。
「っ、この鎖、概念である私をも縛るというのか・・・・・・」
一方、夜空を裂く橙色の星の如く空中を真横に飛ばされていたシイナは、そんな言葉を漏らしていた。万物の情報を得る事の出来るシイナの眼によれば、この鎖は全てを縛り純粋な力意外では壊す事の出来ない特殊な鎖だ。厄介な事この上ない。
(町からだいぶ離れたな。周囲にも町は見えない。この辺りにするか)
飛びながら闇で強化した目で周囲の様子を観察していた影人は、影闇の鎖に停止する意思を伝えた。すると、今まで伸びていた影闇の鎖はピタリと伸びるのをやめ、飛ばされていたシイナはその反動に体を激しく揺らされながらも、空中に静止した。
「・・・・・・無理やり運んで悪かったな。さあ、戦るか。災厄さん」
「ふん・・・・・・生意気な生命ね」
「何かに反逆する者は生意気でないとだろ。それより、あんた影闇の鎖から抜け出せるのか? 抜け出せなけりゃ、正直もう勝負はついてるが」
睨んでくるシイナに影人は前髪節全開の言葉を述べる。シイナは影人に言葉を返す代わりに、自身の体から炎の一部を分離させた。すると、分離した炎が徐々に人型になり、シイナがもう1人出現した。
「驕るな。私は火そのもの。体も意識も自由自在だ」
影闇の鎖に縛られていたシイナが消失し、体と意識を取り替えたシイナが大きく炎の翼を広げ、そう言葉を放つ。その姿は、人を裁く炎の天使のように見えた。
「・・・・・・なるほどな。面白くなってきたじゃねえか」
一筋縄ではいかないと理解した影人は小さく口角を上げた。その笑みは戦いを楽しむ者の笑みではなく、ここで少し笑った方が格好いいという、前髪の厨二的美学に基づいての笑みだった。はっきり言って、ゴミみてえな美学であった。




