第1616話 第2の霊地(5)
「・・・・・・次」
腕の力を比べる力比べで淡々と勝利した巨躯の男がそう告げる。広場には男に挑み破れていった男たちが敗者として転がっていた。
「だ、ダメだ。ビクともしねえ・・・・・・」
「本当に同じ生物かよ・・・・・・」
「強過ぎる・・・・・・」
男の圧倒的な力を感じた男たちがそんな感想を漏らす。いつしか、広場にはあの男には絶対に勝てないというような雰囲気が漂っていた。
「さあさあ、挑戦者はもういないのかい!? 勝てば金貨5枚だよ! 根性見せてくれる気骨のある奴はいないのかー!?」
中年手前の男が再び煽るような言葉を吐く。その言葉にゼノが反応した。
「俺、やるよ」
「っ? き、君がかい?」
「うん。ダメなの?」
「いや、別に問題はないが・・・・・・その、勝負にもならないというか・・・・・・うん? というか、君種族は何なんだ? ツノも何もないけど・・・・・・」
「種族は吸血鬼。もういい? 俺、さっさとやりたいんだけど」
「吸血鬼・・・・・・!? い、いやそれなら話が別だ! 次の挑戦者は吸血鬼の彼だ! ええと、名前は・・・・・・」
「ゼノ」
「ゼノ! さあさあゼノくん! どうやって力比べをする!? どこの力を比べるか、またその方法は君の自由だ!」
中年手前の男が広場にいる者たちに盛大にゼノを紹介する。最初は興味なさげだった者たちも、いつしか期待するような顔を浮かべていた。
「力比べでしょ? だったらシンプルに拳の力でいいよ。方法は・・・・・・そうだな。お互いに1発殴り合って倒れた方が負け・・・・そんな感じでどう? ああ、もしお互いに倒れなかったら、当然俺の負けでいいから」
ゼノがその琥珀色の瞳で巨躯の男を見上げる。ゼノの言葉を聞いた男はゼノをジッと見下ろし、
「・・・・・・本当にそれでいいんだな?」
そう確認を取ってきた。男は侮るでも怒るでもなく、ただ淡々とゼノにそう聞いた。
「うん」
「・・・・・・分かった。方法はそれで構わない。ただし、加減はしない。吸血鬼は不死と聞いた事がある。ならば、死にはしないだろう」
「うん。じゃあ、まずどっちが先にやるか決めようか」
「お前の先からでいい」
「え、本当にいいの? 俺勝つよ?」
男に先攻を譲られたゼノが軽く首を傾げる。ゼノの言葉を聞いた男はふっとほんの少しだけ口角を上げた。
「大した自信だな。構わん。お前の力、俺に示してみろ」
「分かった。じゃあ、ありがたく先攻はもらうよ」
ゼノが軽く右手を握る。巨躯の男はゼノの拳を受け止めるべく腹筋に力を入れる。身長差的にも、ゼノは男の腹部しか殴れない。
「ゼノくん。分かってるとは思うが、単純な膂力以外は・・・・・・」
「うん、使わないよ。そんな事したら彼に失礼だし」
中年手前の男の言わんとした事を察したゼノがそう言葉を述べる。ゼノの言葉を聞いた男は頷くと、最後にこう言った。
「それではゼノの先攻で拳の威力対決始め!」
その合図と共にゼノは右腕と右足を引いた。そして、ゼノは軽く地を踏み締め、
「加減はするから・・・・・・死なないでね?」
そう言って右拳を放ち、男の腹部へと穿った。
瞬間、凄まじく鈍い音が響き、
「っ・・・・・・!?」
男は一瞬にしてその意識を暗闇に刈り取られた。その結果、巨躯の男は地面へと崩れ落ちた。
「っ・・・・・・」
その光景を見た影人は驚いた顔になり、広場の男たちも影人と同じ顔を浮かべ、広場は一瞬静寂に包まれた。
「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」」」」」
そして次の瞬間、大歓声が巻き起こり広場は熱気の渦に包まれた。
「・・・・・・言ったでしょう? 大丈夫だと。闇人としてのスペックを抜きにしても、ゼノは強いんですよ」
「・・・・・・みたいだな。普通の身体能力であの大男ワンパンで沈めるとか化け物かよあいつ・・・・・・」
「わあ・・・・・・ゼノさん小さいのに凄いです!」
何でもないようにそう言ったフェリートに影人は若干引いた顔でそう言葉を返した。対して、キトナは素直に称賛の言葉を口にした。
「うん。ちゃんと手加減できてよかった。この男の人、気を失ってるだけだからすぐに意識は戻ると思う。起きたらよろしく言っといて。後、勝ったからお金ちょうだい」
「え、ええ。それはもちろん・・・・・・っと、勝ったのはまさかまさかの吸血鬼ゼノ! こんな小柄な彼があの大男を倒すなんて誰が想像しただろうか!? 見事勝ったゼノが金貨5枚を獲得だ! みんな、盛大な拍手を頼むぜ!」
ゼノにそう言われて驚きから立ち直った中年手前の男はハッとした顔になると、そう言葉を叫んだ。その言葉がきっかけで、広場に喝采の音が鳴り響いた。
――この時、影人たちは思いもしていなかった。ゼノがこのイベントで勝った事で、自分たちがまさか、まさか――
――怪盗たちと対峙する事になるなんて。誰1人として想像もしていなかった。




