第1611話 王女の旅立ち、ウリタハナへと(3)
「ええ。影、いやスプリガンさん。私を攫ってください」
「・・・・・・あいよ。じゃあ、攫ってやるよ」
笑顔でそう言ったキトナに影人は頷くと、キトナの腰に手を回しキトナを抱えた。
「っ!? 何だ貴様は!? いったいどこから!? いや、それよりもキトナから手を離せ! 兵たちよ来い!」
突然出現した影人にギルメリドが驚愕する。ギルメリドの言葉にただならぬものを感じた兵士たちが、玉座の間の扉を開ける。
「行くぜお姫様」
「はい」
影人はキトナを抱えたまま玉座の間側面のガラスに向かって駆けた。そして、キトナが傷つかないように調整し、窓ガラスを体当たりで破った。
「キトナ!」
「キトナ様!」
窓から逃げた影人とキトナにギルメリドと兵士たちが声を掛ける。影人とキトナはどういうわけか空中に浮かんでいた。
「さようならお父様、皆さん! 私、行ってまいります!」
「「「っ・・・・・・?」」」
「っ・・・・・・」
キトナが大声を上げギルメリドたちに手を振る。兵士たちは何が何だか分からないという顔を浮かべていたが、ギルメリドだけはその意味を理解していた。ギルメリドはやがて、諦めたようにフッと笑うと、
「例え本性を明かしても、お転婆は変わらんか・・・・・・行ってこいキトナ。俺はお前がいつか帰ってきてくれる事を祈ろう。・・・・・・達者でな」
ギルメリドは小さな声でそう呟くと、旅立つ娘に向かって小さく手を振った。
「ああ、とても楽しかったです! 空から見た王都は美しかったです! ありがとうございました影人さん」
数分後。王都外の平地にキトナと共に影人は降り立った。地上に降りたキトナは少し興奮したような様子だった。
「そいつはよかったな」
「しかし、影人さんは凄いですね。空も飛べて姿を消す事も出来るなんて。ふふっ、姿も変わりますし、本当不思議な人」
「・・・・・・まあ、こっちの俺は色々やる事があったからな」
スプリガン状態の影人にキトナはそんな感想を述べる。影人はキトナにはスプリガン状態の事は適当に誤魔化していた。
「お帰りなさい。上手くいったみたいね。ふふっ、どうだった影人。お姫様を誘拐した感想は」
「どうかと聞かれたら・・・・・・難しいな。ただまあ、経験の1つにはなったかな」
軽く手を叩きながらそんな事を聞いて来たシェルディアに影人は苦笑した。
「さて、油を売っている暇はありません。一応、私たちは国王を脅迫し王女を攫った一味なのですから。逃げる意味も込めて、早く次の目的地ウリタハナに行きましょう」
闇の力で馬車を用意していたフェリートが一同にそう告げる。一応、影人がキトナを攫ったという事はギルメリドには分からないはずだし、別に逃げなくてもこの面子ならば迎撃は可能だが、影人たちはフェリートの言葉に異論を唱えはしなかった。
「皆さん。本当に、本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。それでは、さようなら」
キトナが影人たちに別れの言葉を告げる。だが、シェルディアたちは不思議そうな顔を浮かべた。
「何を言ってるの? あなた1人で旅をするのは現実的じゃないでしょう。私たちに着いて来なさいな」
「一応、行き先とかは決まってるから完全に自由な旅とはいかないだろうが、それでもキトナさんからしてみれば楽しいと思うぜ」
「私たちが言うのも変ですが・・・・・・色々と責任は持ちますよ」
「君さえよければ一緒に行こうよ」
シェルディア、影人、フェリート、ゼノはキトナにそう言葉をかけた。
「っ、皆さん・・・・・・」
4人からの言葉を受けたキトナが驚いた顔を浮かべる。キトナはどこか感極まったように表情を変えると、最後にシェルディアたちにこう聞いて来た。
「私は皆さまと旅をして・・・・本当にいいのですか?」
「当然」
「今更だろ」
「ええ」
「うん」
その言葉にシェルディア、影人、フェリート、ゼノが頷く。キトナは満面の笑みを浮かべ、
「はい・・・・・・それでは、どうかこれからもよろしくお願いします!」
そう答えた。
こうして、キトナは正式に影人たちに同行する事が決まった。
「次の目的地は・・・・・・この辺りですね。土地の名前は・・・・・・ウリタハナ、ですか」
獣人族国家ゼオリアルと魔族国家の間に位置する小川のほとり。その近くにある小さな岩の上に座りながら地図を眺めていた男はポツリとそう呟いた。男は灰色の短い髪に黒いツノを生やした、青年の魔族に見えた。傍らには男の移動手段である、馬に似た3本のツノが生えた生物が控えていた。
「いやはや、最初こそ慣れない異世界で色々と苦労しましたが・・・・・・今回ほど私が物作りを司る神でよかったと思った事はありませんね」
地図を丸めたその男――魔族青年に変装したフェルフィズは小さく口角を上げた。姿を変化出来ているのは、フェルフィズがある仮面を被っているからだ。フェルフィズの神器の1つ、見た者の姿に変わる事が出来る「変貌の仮面」。フェルフィズは場所に合わせて、目立たぬようこの世界に溶け込んでいた。
ちなみに、フェルフィズが地図の文字を読めたのは、この世界に来た時に適当な獣人族男性の記憶を神器を使って覗いたからだ。そのため、フェルフィズはある程度この世界の常識のようなものを理解していた。もちろん、この世界の霊地を知る事が出来たのも、神器の力が関係していた。
「それにしても・・・・・・昨日は驚きましたね。まさか、彼がこっちの世界に来ているとは。いやはや、本当にしつこいですね」
フェルフィズが昨日の事を思い出す。昨日、第1の霊地メザミアへと至ったフェルフィズは、前髪の長すぎる男、スプリガンでありフェルフィズを追い詰めた1人である影人とすれ違った。幸い、フェルフィズは変装していたので向こうは気づかなかったが、影人はフェルフィズを追ってこちらの世界に来たのだろう。いや、もしかすれば影人だけでなく、他の者もこちらの世界に来ているかもしれない。
(あの場所に彼がいた事は偶然・・・・・・ではないでしょうね。という事は、私の目的を彼もしくは彼らは理解していると考えるべきですね。であれば、これからも彼とは出会う可能性がある)
恐らく、既にメザミアの境界が不安定になった事を影人は理解しているだろう。ならば、影人はフェルフィズを追うために、次の霊地へと向かっているはずだ。まあ、フェルフィズの次の行き先を影人たちは分からないだろうし、フェルフィズは変装し常に姿を変えられるので、フェルフィズが圧倒的に有利な事は変わらないのだが。
「・・・・・・ははっ、面白いじゃないですか。私が先に5つの霊地の境界を不安定にさせるか、それともあなた達が私を捕まえるのが先か・・・・・・異世界での鬼ごっこと行きましょう」
フェルフィズは変装していても隠し切れぬ、狂気宿した笑みを浮かべると、立ち上がり馬のような生き物の背に跨った。




