第1610話 王女の旅立ち、ウリタハナへと(2)
「お父様・・・・・・」
「ふぅ・・・・・・すまぬキトナ。お前の注意を聞いた上でこの様だ。俺は情けぬ父親よ。本来なら、卓越した知能と演技力をお前が持っていた事を喜ばねばならぬのにな」
「いいえ。お父様は立派な方ですわ。父としても王としても。演技していた私をずっと王女として扱ってくれたのですから。私はお父様を尊敬しています」
「っ、世辞でも嬉しいものだな・・・・・・して、キトナよ。ずっと俺たちに自分を隠し続けてきたお前が、なぜ今になってその事を明かした? お前の真意を聞こう」
意識を切り替えたギルメリドがキトナをジッと見つめる。キトナはギルメリドの問いにこう答えた。
「はい。先ほども話した通り、私はずっと城を出るために演技を続けてきました。そしてこの数日間、私はあの方たちと共に外に出た。・・・・・・正直、とても楽しかったですわ。自由を感じました。私が恋焦がれていた自由を。やはり、私は外に出たい。世界を旅してみたい。その気持ちは、より強くなりました」
キトナはその目を開き真っ直ぐにギルメリドを見つめ、はっきりとした口調でこう言葉を放った。
「私にこの城は狭すぎる。私に自由を拘束する王女は必要ない。お父様、私は旅に出たいのです」
「・・・・・・お前の気持ちはよく分かった。俺も父親だ。娘の意志は出来るだけ尊重したいと思う」
「なら・・・・・・」
その言葉にキトナが期待したような顔になる。
だが、
「・・・・・・だがな、俺は国王でもある。国王としては、第1王女のお前が旅に出る事は許容出来ん。お前が望む望むまいと、お前は公的な人間だ。公的な人間には国民に対する義務がある。ゆえに、諦めろ。・・・・・・すまんが、それが俺の答えだ。許せよ」
「っ・・・・・・」
ギルメリドはキトナに否の答えを突きつけた。自身の願いを拒否されたキトナは一転、残念そうな顔を浮かべた。
「・・・・・・やはり、そうなりますか。そうですよね、お父様のお答えは正しいです。それでこそ、国王としての答えですわ」
「・・・・・・本来は聡明なお前なら分かってくれると思っていた。なに、旅には出してやれんが、これからは定期的に外に出させて――」
「ですが、正しさだけでは私たち知性ある生物は納得出来ない事もあります。いえ、なまじ知性があるが故に納得出来ないのです」
ギルメリドの言葉を遮るように、キトナがそう言葉を挟む。キトナは決意ある顔で真っ直ぐにギルメリドを見据えた。
「っ・・・・・・」
そのキトナの様子に、キトナから放たれる威圧感のようなものに、ギルメリドは目を見張った。
「お父様、あなたは父としての前提よりも王としての前提をお取りになられた。ですが、私は王女としての前提よりも、生物としての前提を取りますわ。こういう言い方は卑怯にはなりますが・・・・・・義理は果たしました。私は世界に旅立ちます。では、さようなら。キトナは旅に出たとお母様や他の兄弟たちにはお伝えください」
「待てキトナ! お前を逃しはせん! やっと、やっと本当のお前と出会えたというのにッ!」
キトナがギルメリドに背を向ける。ギルメリドは立ち上がると、キトナに向かって手を伸ばした。
「ええ。残念ながら、私1人ではここからは出られないでしょう。だから――助けてもらいますわ」
キトナがギルメリドに背を向けながらそう呟くと、突然キトナの近くに1人の男が現れた。
「・・・・・・いいんだな?」
その男――スプリガンに変身し、ずっとキトナの側で透明になって控えていた影人は、キトナにそう聞いた。




