第1609話 王女の旅立ち、ウリタハナへと(1)
「ギルメリド様! たった今、キトナ様がお帰りになられました!」
キトナが城を出て数日経った日の昼頃。ギルメリドが執政室で文書に目を通していると、突然慌てた様子で中年男性の家臣がギルメリドにそう報告してきた。
「っ、まことか・・・・・・分かった。すぐに行く」
「はっ! キトナ様は玉座の間にてお待ちです」
家臣からの報告を受けたギルメリドは文書を置くと、玉座の間へと向かった。
「ああ、お父様。お久しぶりです」
玉座の間に行くと、旅の衣装姿のキトナが笑みを浮かべギルメリドに挨拶をしてきた。キトナの姿も様子も、城を出る前と変わりがなかった。
「キトナ・・・・・・よかった。変わりはないようだな。あの吸血鬼どもは、約束を違えなかったか」
「ええ。とてもよくしていただけましたわ。ここ数日は本当に楽しかったです」
ギルメリドがホッと安堵の息を吐く。キトナはニコニコ顔でギルメリドにそう言葉を返した。
「あの吸血鬼たちは?」
「私を王都に送ってくださった後にまたどこかへと旅立たれましたわ」
「そうか・・・・・・本来なら文句の1つも言いたいところだが、恐らくあれは天災のようなものだからな。お前が無事に帰って来ただけ良しとするべきなのだろうな・・・・・・」
ギルメリドは少し葛藤したような顔を浮かべていたが、やがて調子を変えるように軽く息を吐くと、キトナにこう言った。
「・・・・・・すまぬ。言うのが遅れたが・・・・・・よく帰ってきたな、キトナ」
「はい、ただいまですお父様」
ギルメリドとキトナは帰還の挨拶を交わす。数日振りに見た長女の笑顔に、ギルメリドの顔も自然と綻んだ。
「もう少しだけ待て。今に王妃とお前の兄弟たちが・・・・・・」
「すみませんお父様。お母様や他の兄弟たちが来る前に、お話があります。1対1で」
「っ? 1対1で話だと・・・・・・?」
どこか真剣な顔でそんな事を言って来たキトナ。ギルメリドは不可解そうな顔になる。
「ええ、どうか・・・・・・どうかお願いします。お父様」
「・・・・・・よかろう。お前がそう言うのならば、応えるのが父だろう」
キトナのただならぬ雰囲気を悟ったギルメリドは、その首を縦に振った。
「皆の者、下がれ。そして、キトナとの話が終わるまで誰もここに入れさせるな」
「「「「「はっ!」」」」」
ギルメリドが周囲にいた者たちに命令を下す。周囲の者たちは、ギルメリドの命令に頷くと、玉座の間の外に出てその扉を閉ざした。
「・・・・・・これでいいか?」
「はい。我儘を聞いてくださり、ありがとうございます」
「気にするな。お前のそれには慣れておる。それでキトナ。話とはなんだ?」
ギルメリドが玉座に着きキトナにそう促す。それは、父としてまた王として話を聞くというギルメリドの立場を示していた。
「・・・・・・今からする話に、お父様はきっと驚かれると思います。もしかしたら、自身の正気を疑い激しく己を責められるかもしれません。それでも、聞いてくださいますか?」
キトナはその目を少し見開きギルメリドにそう確認を取った。キトナはギルメリドに端的にこう聞いたのだ。覚悟はあるかと。
「ほう・・・・・・お前からそんなことを聞かれたのは初めてだな。・・・・・・キトナよ。俺は父であり国王だ。どうしてお前の話を聞かないだろうか。もちろんだ。何でも話すがよい」
キトナの暗に言わんとしている事を理解したギルメリドは力強く頷いた。そこには確かな1国の王の風格があった。
「ありがとうございます。やはり、お父様は強くお優しいですわね。では、お話しましょう。私の真実を」
キトナは今までギルメリドに隠していた本当の自分の事を話し始めた。なぜ今まで自分を偽っていたのかその理由も。
「今までのお前は嘘・・・・演技だったという事か・・・・・・」
キトナの話を聞き終えたギルメリドは、その衝撃を受け止め切れぬかのように、片手で軽く顔を覆いそう言葉を漏らした。
「どのような話でも泰然と受け入れるつもりだったが・・・・・・信じられんな。しかし、お前がわざわざこんな嘘をつくはずもない。であるなら、やはり真実なのだろうな」
ギルメリドはショックを受けていた。今までのキトナが嘘だったという事もショックはショックだ。だが、ギルメリドが本当にショックを受けたのは、自分が、自分たち家族が誰1人として今までキトナの嘘を見抜けなかった事だ。それが親として不甲斐ない。ギルメリドはそう思った。




