第1608話 地天を討て(4)
「――さて、じゃあ行きましょうか」
メザミアの次元の境界が揺らぎ、影人がエリレを討伐した翌日。メザミアの町の外でシェルディアは一同にそう告げた。
「ああ、そうだな。メザミアの人達にも別れは告げたし、次の目的地に行かねえと」
シェルディアの言葉に影人が頷く。メザミアの人達は数日間だけの付き合いだったとはいえ、影人たち(特にフェリートとゼノとキトナ)との別れを惜しんでくれた。畑やいくつかの家は損害を受けたが、幸い住人たちに重傷者や死者は出なかったので、住人たちは元気だった。
昨日、影人がエリレを討ってから、影人たちは色々と話し合った。主にエリレが復活した原因、メザミアの次元の境界が不安定になった事について。結果、やはり原因はフェルフィズしかいないという結論に落ち着いた。
その後、影人たちがエリレが封印されていた遺跡に赴くと、遺跡の床に1本のナイフが刺さっていた。引き抜いてみると、ナイフには複雑な紋様が刻まれており、普通のナイフではないという事が分かった。
シトュウにそのナイフの正体を探ってもらったところ、そのナイフは次元の境界地に突き刺せば、境界を不安定にさせるという代物だった。そんなナイフを所持し、突き刺した人物は1人しかいない。すなわち、物作りの神フェルフィズだ。
その事実が示すのは、フェルフィズが遺跡へとやって来て直接ナイフを刺したという事だ。だが、影人とキトナはエリレが復活する少し前まで遺跡にいたが、フェルフィズの姿は見ていない。見たのは獣人族の男性だけだ。
色々と考え話し合った結果、影人たちはある可能性に思い至った。それは、その獣人族の男性がフェルフィズだったのではないかというものだ。つまり、フェルフィズは如何なる手段を用いてか、変装していたのではないかと。
そして、その予想は当たっていた。今日の朝にメザミアの住人に影人とキトナが見た獣人族の男性の特徴を伝えると、そんな男性はメザミアにはいないという事だった。メザミアは小さな町なので、住人たちは互いに知り合っている。そんな人々がそう言うのならば間違いはない。あくまで状況証拠にはなるが、やはりあの男性がフェルフィズで、あのナイフを突き刺したのだ。
(あいつが変装の手段を持ってるのは最悪だな。聞き込みが全く無力になった。用心深いあいつのことだから、目立たないようにこっちに来てから変装してたんだろうが・・・・・・加えて、あいつは俺がこの世界に来ている事を知った。これからあいつはそれを考慮して動く。余計にあいつを捕まえる事は難しくなった)
しかし、チャンスはある。フェルフィズの目的はやはりこちらの世界の次元の要所を崩す事だった。ならば、フェルフィズは次の霊地に向かうはずだ。そして、影人たちもその霊地に向かえばいい。このメザミアから1番近い次の霊地は、魔族国家にある霊地ウリタハナ。影人たちはフェルフィズが次にそこを目指すと考え、自分たちもそこに行く事を決めた。ゆえに、影人たちはメザミアから離れるのだ。
「ですが、その前にヴェイザ嬢を王都に送らなければなりませんね」
「だね。シェルディアがそう約束したし」
「ええ。あの王様、結局私たちに追っ手や監視を差し向けてこなかったし、約束は守ってあげなければならないわ。だから、今から1度王都に転移するわよ」
「っ・・・・・・」
フェリートの提起にゼノが頷き、シェルディアがそう宣言する。シェルディアの言葉を聞いたキトナはほんの少しだけその表情を動かした。残念そうに。
「・・・・・・キトナさん。ここが最後の分かれ道だ。あんたの願いを叶えるな。あんたが素直に自分を明かして、願いを口にすれば道は変わるかもしれない。まあ、それを選択するのはあんたの自由だ。ただ・・・・・・出来るだけ悔いが残らない方がいいとは思うぜ」
そんなキトナに気がついた影人はボソリとキトナにだけに聞こえる声でそう言った。
「影人さん・・・・・・」
影人にそう言われたキトナは一瞬目を開く。そして、覚悟したような顔になると、シェルディアたちに向かってこう言葉を切り出した。
「皆さん、出発の前に私の話を聞いていただけないでしょうか?」
「ん?」
「話・・・・・・ですか?」
「? 別にいいわよ」
ゼノ、フェリート、シェルディアが軽く首を傾げる。そして、キトナは3人に自分の全てを打ち明けた。
「へえ・・・・・・今までのは演技だったんだ。凄いな。分からなかったよ」
「・・・・・・私も見抜けませんでしたね。もっと観察眼を鍛えなければ」
「なるほど。ふふっ、キトナ。あなた面白いわね」
キトナの話を聞いたゼノ、フェリート、シェルディアがそれぞれの感想を漏らす。そして、シェルディアはキトナに対しこう言葉を続けた。
「キトナ、あなたのその気持ち理解したわ。広い世界に焦がれ、自身を偽り続けて来たその強さにも敬意を抱くわ。気に入ったわ。キトナ、あなたのその願いを叶えるため、協力しましょう」
「っ、本当ですか・・・・・・?」
「ええ。籠の中の鳥ほど哀れでつまらないものはないもの。任せなさい」
シェルディアがニコニコ顔で頷く。そのやり取りを聞いていたフェリートは軽くため息を吐いた。
「はあ、始まりましたよ。シェルディア様の気まぐれが・・・・・・」
「まあ、仕方ないよ。だって、シェルディアだから」
「だな。で、実際どうするんだ嬢ちゃん。取り敢えず、一旦はキトナさんを城に帰すんだろ?」
ゼノの言葉に同意を示した影人がシェルディアにそう言葉をかける。シェルディアは頷くと、こんな言葉を放った。
「ええ、一旦はね。でも、それからは特に約束もしていないし・・・・・・ふふっ、少し劇的に、強引にやるのもありね。ほら、昔から定番でしょ? 悪者がお姫様を攫うのは」
そして、シェルディアは悪戯っぽく微笑んだ。




