第1607話 地天を討て(3)
「・・・・・・何者か。その質問に対する答えは決まっててな。俺の名前はスプリガン。それ以上でもそれ以下でもない存在だ」
異世界に来て2度目の名乗り。影人はキザに右の人差し指でクイッと帽子を上げそう答えた。
「スプリガン・・・・・・私の記憶を確認しても、聞いた事のない名前です。あなたは、何です?」
「質問ばかりだな。俺は1つ答えたんだ。ならお前も1つ答えろよ。もう1度聞くぜ。『地天』のエリレ、お前は俺と話をする気はあるのか、それともないのか? どっちだ?」
「・・・・・・私は生命をただ破壊する者。そして、あなたも生命を有する者に変わりはありません」
「・・・・・・なるほどな。つまりは対話する気はないって事か」
婉曲な答えだが、エリレの言わんとしている事を察した影人は軽くその目を閉じた。そして、再び目を開くと冷めた金の瞳をエリレに向けた。
「なら・・・・・・戦うしかねえよな」
影人はそう呟くと、一瞬でエリレに近づきエリレの腹部に『破壊』纏う拳を穿った。
「っ・・・・・・!?」
突然影人に殴られたエリレはその顔色を驚きの色に染めた。自分が全く反応出来なかったという事実。エリレはその事に驚いたのだった。
「っ、本当に人形かお前・・・・・・」
一方、エリレに先制攻撃を仕掛けた影人も少し驚いたような顔になっていた。その理由は、影人の拳がエリレの腹部を貫通したからだ。エリレの体は陶器のように中が空洞になっていた。
「・・・・・・あなたを危険生命と認定します。これより、私はあなたを優先的に破壊する」
「はっ、災厄如きが俺を壊すか。なら、試してみろよ・・・・・・!」
腹を貫かれているというのにそう言ってきたエリレ。そんなエリレに影人はそう言葉を返すと、腹部から手を引き抜き、『破壊』を付与した左の蹴りをエリレの側頭部に叩き込んだ。その結果、エリレの頭部はバラバラに砕け散った。
「・・・・・・終わりか? だったら、拍子抜けもいい――」
影人がそう言葉を紡ごうとした時だった。頭部を失ったはずのエリレは、次の瞬間に頭部が元通りになっていた。加えて、腹部の穴も修復されていた。
「っ・・・・・・」
「次はこちらの番です」
その光景に影人が軽く目を見張る。元通りになったエリレは影人に右手を向けた。すると、エリレの周辺の空間から突起した岩が複数出現し、影人へと襲い掛かった。
(『破壊』で殴ったのにすぐさま治った・・・・・・さしずめ自動修復か。防御力が紙なのは、それがあるからってところだな)
襲ってくる岩を避けながら影人はそう推察した。自動修復の速度、弱点があるかなどはまだ分からないが、頭部を消し飛ばしても復活したという事は軽い不死と言ってもいいだろう。だから、過去のこの世界の者たちはエリレを滅するのではなく、封印するという手段を取った。不死のエリレを滅しきれなかったから。そう考えるのが自然だ。
「当然の如く避ける・・・・・・やはりあなたは危険生命。全力を使います」
突起する岩を悉く避ける影人を見たエリレはそう言うと翼をはためかせた。すると、エリレの背中の空間に茶色の複雑な魔法陣が展開し、エリレの頭部に光輪が現れた。更に、エリレの変化と同時に、地面が揺れ、隆起し、そこから巨大な岩や土の手が這い出てきた。それらは空中にいる影人に向かって襲い掛かった。
「っ、地上から・・・・・・」
「私は『地天』。地の天、すなわち地の頂を司る者です。地に関するものならば、私は自由自在に操れる」
影人の呟きにエリレが反応する。その間にも、巨大な岩や土の手は影人を握り潰さんと迫る。
「なるほど、確かにそりゃ災厄だな・・・・・・!」
影人は空中を三次元的に飛び回り腕から逃げる。その間に影人は地上を観察した。
(地上がめちゃくちゃになってやがる。そこかしらが地割れしている。地に関する事を操る災厄っていうなら、地震も起こせる可能性があるな・・・・・・)
畑や地面が腕が這い出てきたせいで悲惨な状態になっている事を目撃した影人は、エリレの力が危険だと判断した。戦いが長引けば、どれだけ被害が出るのかは想像もつかない。
「味気がないと言えばないが・・・・・・早期決戦にさせてもらうぜ。詠唱は・・・・・・仕方ないから省くか」
その事を考慮した影人はエリレを今から自分が使う力の対象として認識すると、こう言葉を唱えた。
「『世界』顕現、『影闇の城』」
「っ!?」
瞬間、影人とエリレの世界が暗闇に包まれる。その現象にエリレは驚いたように目を開く。数瞬間の後に現れるはどこかの城の城内。影人の『世界』、『影闇の城』。
「これは・・・・・・」
一瞬にして光景が変わった事、また自身が体験する未知にエリレは周囲を見渡した。そして、自身の胸部付近に何かぼんやりとした白い炎のようなものが灯っている事に気がついた。
「――それはお前の魂だ。よかったぜ、お前にもそれがあって。もしかしたら、ないかもと思ってたからな」
「っ・・・・・・」
エリレの背後から突然そんな声が聞こえてきた。エリレがバッと振り向くとそこには自分に背を向けるスプリガンの姿があった。
「これで・・・・お前を殺せる」
影人の体にぼんやりとした闇が纏われ、影人の姿が変化する。影闇と化した影人はスッと気軽に物を取るような手軽さで、エリレの胸に灯っている魂に触れた。影人はエリレに死の決定を下した。
「あ・・・・・・」
エリレは糸が切れた人形のようにガクリと首を落とす。次の瞬間『世界』が解除され、元の世界に戻る。既に事切れたエリレは地上へと落下していく。だが、地上にぶつかる前にエリレの体はぼんやりと光を放ち、やがてフッと世界から消失した。
「・・・・・・今回は表の肉体と裏の魂両方ともに死を下したからな。完全におさらばだ。あばよ、『地天』のエリレ。地の災厄さんよ」
元のスプリガン状態に戻った影人は落ちて消えたエリレにそう言葉を送ると、地上へと向かった。




