第1603話 一時のスローライフ、蘇る災厄(3)
遺跡の外に出ると日が傾きかけていた。ちょうど夕方に差し掛かったような時間帯だ。心地よい風が影人とキトナの髪を揺らす。
「っ・・・・・・こんにちは」
影人たちが外に出ると、正面から歩いて来た1人の青年が挨拶をして来た。獣人族の証明である耳が茶髪の上にあるのでメザミアの住人だろう。遺跡から人が出て来た事が珍しかったのか、男性は一瞬だけ驚いた顔を浮かべた。
「こんにちは」
「こんにちはですわ」
影人とキトナは軽く会釈をして男性と入れ違った。男性は遺跡の中へと入って行った。影人とキトナは帰路へとつく。
「ただいま」
影人がキトナを伴って現在の滞在先である家のドアを開ける。
「お帰りなさい。あら、本当にキトナを迎えに行っていたのね」
「あ、当たり前だろ嬢ちゃん。そう言って出て行ってんだからさ」
家の中に入ると何かの本を読んでいたシェルディアが、悪戯っぽい笑みを浮かべ影人にそう言ってきた。影人は少しぎこちない笑みを浮かべた。
「ああ、帰ってきましたか。帰城影人、町の方の共用井戸で水を汲んできてください。ちょうどさっき切れてしまいましてね」
台所にいたフェリートが影人に向かってバケツを2つ渡して来る。フェリートにそう言われた影人は面倒くさそうな顔になる。
「・・・・・・俺帰ってきたばっかなんだが」
「そんな事はどうでもいい。あなたは特に男手を発揮していないのですから、それくらい嫌な顔をせずにやってください」
「はあー・・・・・・分かったよ」
そう言われた影人はフェリートからバケツを2つ受け取った。フェリートとゼノはメザミアの住人たちの手伝いをして食糧を得ているが、影人は特に何もしていないため、こういう雑用を断る事は出来なかった。
「私もご一緒しましょうか?」
「いやいい。王女サマはゆっくりしといてくれ」
家に帰ってきたため、演技をしたキトナが無邪気そうにそう聞いてくる。影人はキトナに断りを入れると、休む暇もなく再び家を出た。
「・・・・・・夕暮れに染まる田園。いい風景だな全く」
バケツを持ちながら、影人は町の方に向かって歩いて行く。自然溢れる風景に春風のように気持ちがいい風。これだけで心が充実してくる。
『相変わらずジジイみてえな感性してんな、てめえは』
「別にいいだろ。感性が純粋なんだよ俺は」
バカにするようにイヴがそんな事を言ってくる。影人はフッと気色の悪い前髪スマイルを浮かべ、そう返事をした。
「さて・・・・・・戻るか」
井戸で水を汲み上げバケツ2つを満たした影人は、それを持って再び帰路に着く。水を満たしたバケツ2つはモヤシの前髪にはかなり重かったが、それはなけなしの気合いでカバーした。
「お、重い・・・・あー、チクショウ。スプリガンに変身すりゃ、こんな水重いとも思わねえのにな・・・・」
だが、たかが水を運ぶためだけにスプリガンに変身するのは流石にダサい。水を運ぶ暗躍者など流石に締まらなさすぎる。影人がそんな事を思いながら家まで後半分ほどいった所で、突然影人の中にある女性の声が響いた。
『――帰城影人。少し失礼します』
「っ・・・・・・シトュウさんか。どうかしたか? 何か起きたか?」
影人の中に響いたのはシトュウの声だった。シトュウから念話を受けた影人は立ち止まり、その顔を自然と真剣なものにさせた。




