第1602話 一時のスローライフ、蘇る災厄(2)
「おーい、いるかキトナさん」
そうこうしている内に影人は遺跡に到着した。遺跡は影人たちがこの世界に来た時の遺跡と同じような構造で、古びた石の建物タイプだ。影人は中に入り1つしかない開けた部屋に出る。この部屋は天井が崩れているので、室内には日の光が降り注いでいた。
「あ、影人さん。はい、ここに」
瓦礫の上に座りながら空を見上げていたキトナが影人に気がつく。崩れた天井から降り注ぐ光を浴びていたキトナはまるで絵のように美しかった。
「ここいい場所だが何にもないだろ。なのに、あんたよくここに来るよな」
「風の息遣いというか、ここの空気が好きなんです。清められているというか、落ち着くというか。城にいた時には感じられない空気でしたから」
周囲に影人以外の姿がないからか、キトナは素の性格のままにそんな言葉を吐いた。キトナの言葉を聞いた影人は理解を示すように頷いた。
「そうか。なんか、分かる気がするぜ。ここの空気感は確かに気持ちがいいよな」
「はい。それで、私に何かご用ですか? 私を呼びに来られたという事は、そういう事でしょう?」
キトナが軽く首を傾げる。だが、影人は歯切れが悪い様子でこう言った。
「いや、実は大した用はねえんだ。その、ちょっと方便に使って来ちまったというか・・・・・・まあ、とにかく用はない。強いて言えば、あんたに会いに来たって感じだ」
「まあ、嬉しいお言葉。うふふ、口説かれたのは初めてです」
影人の言葉を勘違いしたのか、キトナが右頬に軽く手を添え少し顔を赤く染めた。本当に嬉しいのか、ぴょこぴょこと頭の上の耳も動いていた。
「別にそんなんじゃねえよ。勘違いしないでくれ」
「あら残念。私、本当に嬉しかったのに。影人さんになら私、口説かれますよ? 例え、シェルディアさんがいたとしても」
「何でそこで嬢ちゃんが出てくるんだ・・・・・・? まあ、これ以上いちいち言うの面倒くさいしこの話ここで切るぜ。それより、あんた結局嬢ちゃんたちに本性は明かさないんだな。別にいいけどよ」
話題を変える意図もあり影人はキトナにそう言う。そう。キトナはまだシェルディアたちには本性を明かしてはいなかった。
「ごめんなさい。正直に言いますと、まだ疑念や恐ろしさのようなものがあって・・・・・・ずっと演じてきましたからね。弊害のようなものです」
「責めてるわけじゃねえから、そこは勘違いしないでくれよ。だけど、そうか。まあ、ずっとそうして来たならそうなのかもな」
影人はキトナの言葉に理解を示すと、こう言葉を続けた。
「でも、疲れたり限界を感じたりしないのか? ずっと1人で違う自分を演じ続けるのは、心に負担が掛かるだろ」
「そこはまあ、気合いです。それに、最近はとても楽ですよ。城の外に出て楽しいですし、1人になれる時間もある。それに何より・・・・・・影人さんとは素で話せますから。ここで過ごした時間は、必ず私の一生の宝になります」
「・・・・・・そうか」
影人はただそう呟く。それ以上に影人がかける言葉はなかったからだ。
「・・・・・・そろそろ帰るか。キトナさん、悪いが一緒に戻ってくれるか。辻褄合わせするためには、あんたが必要なんだ」
「理由はよく分かりませんが・・・・・・構いませんよ。十分にここの空気は堪能しましたし」
キトナが座っていた瓦礫から立ち上がる。そして、影人とキトナは遺跡から出た。




