第1600話 メザミアと王女(5)
「はい・・・・・・?」
影人にそう言われたキトナは意味がわからないといった様子で首を傾げた。
「ああ別に責めてるとか詰問するとかそんなんじゃない。ただ、俺は確かめたいだけだ。なぜあんたが俺たちに同行したいと言ったのかを。その理由が俺たちに害があるかないのか、それを確かめたいんだよ。害がないなら別にいい。あんたがその性格を演じている理由にも言及しない。だが・・・・・・害があるなら話は別だ」
影人が声音を冷たいものに変える。そして、影人はこう言葉を続けた。
「あんたが悪意を持って俺たちに近づいたのなら、俺はあんたを排除する。まあ、まだ害は出てないからキツい手段は取らないでやる。だから、素直に嘘をつかずその理由を教えろ。とぼけるなら、問答無用で排除だ。チャンスは1回。さあ聞くぜ。あんたが俺たちに同行したいと言った本当の理由は何だ?」
「・・・・・・」
キトナは途中から顔を俯かせ震えていた。急に訳の分からない事を言われ今にも泣き出しそうな雰囲気だ。しかし、
「・・・・・・はあー、観念するしかないようですね。初めてです。私の演技を見破った人は。物心ついた時からずっと演じて来ましたので、不自然さはなかったと思うのですが・・・・・・どうしてお分かりになったのですか?」
キトナはスッとその糸目を開き、困ったような顔を浮かべた。
「昼間あんたを迎えに行った時に違和感がしたんだ。その違和感は、あんたの聞き分けがよかった事だった。あんた、城で俺たちに同行したいって泣き喚いてただろ。あの時はガキみたいに聞き分けが悪かった。おかしくないか? 感情がガキと同じはずのあんたが、1回で俺の言う事を聞いた。しかも、遊んでいる最中にだ。本当にあんたの感情面がガキなら軽くぐずるようなところだろ。子供は遊んでいるのを邪魔されたくない生き物だからな」
「なるほど。それで色々と推論を重ね、私が子供のような性格を演じていると分かったという事ですか」
「そういう事だ」
「はあ、少し興奮し過ぎていて隙を見せてしまっていたようですね。反省しなければ」
キトナが戒めの言葉を口にする。そして、キトナは窓際にいた影人にこう言ってきた。
「それにしても、見た目からは想像も出来ない程に鋭い方ですね。普通、それくらいで違和感を覚えないと思うのですが」
「色々と経験してきたからな。その辺りは鍛えられてるつもりだ。で、本性を現したって事は理由を話すって事だよな? 早く教えろよ」
「乱暴ですね。さすがはお父様を脅した一味の1人ですわ」
「うるせえよ。早く言え」
影人が再度催促をかける。すると、キトナはその理由を話し始めた。
「あなた方に言った理由に嘘はありません。私は1度、本当にここに来たかったのです。遺跡に興味がありましたから。ですが、それは主な理由ではありません。私はこの機会をきっかけとして、城を出たかったんです」
「城を・・・・・・?」
「はい。私は物心ついた時からずっと外の世界に憧れていました。外の世界を自由に旅したい。それが私の子供の時からの夢。・・・・・・ですが、私は第1王女。言っては何ですが、昔から自由はありませんでした。だけど、私はその夢を捨てる事が出来なかった。城を飛び出したかった。しかし、私にそんな事が許されるはずがない。私は板挟みの状況の中考えました。そして、1つの方法を思いついたのです。それが、お荷物王女になるという方法でした」
「っ・・・・・・そういう事か」
キトナの説明で影人はキトナが子供のような性格を演じていた理由を理解した。
「ええ。感情面に欠陥を抱えた王女ならば、表には出せまんし結婚させる事も難しい。上手くいけば、城を出て行くように王女として廃棄されるかもしれない。私はそう考えました。だから、私は感情が子供から成長していない様子を演じ続けてきたのです。約15年ほどね」
「15年・・・・・・マジかよ。あんた今24歳なんだろ。だったら9歳の時からずっとって事か?」
「自分で言うのも何ですが、状況把握や考えを巡らせる事は昔から得意でしたので。演技も観察や本などを読んで出来ると思いました。結果は上手く行きました。お父様もお母様も、私の兄弟たちも私の本性は知りませんわ」
キトナは何でもないようにそう言った。どうやら、キトナは幼少期からかなり聡明だったらしい。天才と言っていいほどに。子供じみた王女が実は天才。よくある展開といえばよくある展開だ。まあ、当然実物を見たのは初めてだが。影人はそう思った。
「はっ、賢いならなまじ余計に恥ずかしかっただろ。子供を演じるのは」
「恥で夢が叶うものなら安いものです。まあ、結局お父様はお優しかったので、今でも私は廃棄されていませんが」
影人の皮肉混じりの言葉にキトナはただ笑った。
「話を元に戻すか。と言っても、結論は見えてるが。お前は俺たちをきっかけにしたんだな。城を出るための」
「ええ、その通りです。扉の外で聞き耳を立てていた私はこの機会を逃せば後はないと思いました。ゆえに、強引な手を使ってあなた方に同行したというわけです。あなた方が優しかった事、私の長年の演技も相まって今私はここにいる事が出来るというわけです」
キトナが影人たちに同行したいと言った真の理由。それを聞いた影人はこう言葉を述べた。
「・・・・・・嘘はついてなさそうだな。取り敢えず、その理由に納得はしてやるよ。そして、害もなさそうだ。あんたを排除しはしない。まあ、これは今のところだがな」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。ご迷惑は出来る限りお掛けしませんので」
キトナはホッとした顔を浮かべ笑った。そんなキトナに影人は軽く釘を刺す。
「ただし、嬢ちゃんが言ってたみたいにここを去る時にはあんたを城に返すからな。それが嬢ちゃんがあの王様に約束した事だ。その時は文句を言うなよ」
「ええ、もちろん。しかし、ふふっ不思議な方達ですね。王を脅したと思えば律儀に約束は守るなんて。あなた達はいったい何者なのですか?」
「言ったろ。ただの吸血鬼だ。それ以上知りたいなら、せいぜいご自慢の知力で俺たちが何者か推理してみるんだな」
影人はもうキトナには興味がないといったように、再びその前髪の下の目を星空に向けた。
「・・・・・・ああ、あと1つ。あんたの本性、嬢ちゃんとかにも明かしていいと思うぜ。3人とも他言はしないタイプだろうしな。あんたもそっちの方が楽だろ。それに・・・・・・明かしたら、あんたの夢も叶うかもしれないしな」
「? 最後の言葉の意味はよく分かりませんが・・・・・・ご助言ありがとうございます。考えてみますね。そして、お気遣いもありがとうございます」
独白するようにそう言った影人にキトナは感謝の言葉を述べた。影人は暗にキトナの本性は誰にも言わないと言ってくれたのだ。
「別に・・・・・・そんなつもりじゃねえよ」
影人はそう言葉を返すと、それ以降は口を開かなかった。キトナは「そうですか。では、そういう事にしておきましょう」と言うと、視線を再びランタンの光に戻した。
異世界の田舎の夜。王女は光を見つめ、影たる少年は星を見つめ、静寂な時間にその身を置いた。




