第159話 それぞれの事情(3)
「珍しいなぁ、光司っちが俺ん所に来るなんて」
「・・・・・・突然の申し出に快諾してもらってありがとうございます。剱原さん」
「よしてくれって、そんな堅い言葉を俺が嫌いなのは光司っちも知ってるだろ? 刀時でいいって」
東京都内のとあるオンボロ道場で、光司は正座でとある人物と向かい合っていた。
光司から数メートルほど離れた場所で、その人物は胡座かいて座っていた。
無精髭を生やした一見無気力な青年だ。無造作な髪に、半纏を着たその青年は見る人が見れば、20歳を過ぎた浪人生に見えないこともない。だが、実際の年齢はまだ18歳の高校生である。
「いえ、それは礼儀の問題なので。・・・・・・剱原さん、いきなりで申し訳ないことは重々承知しています。ですが、お願いします。僕を、強くしていただけませんか?」
そう言って、光司は床に頭をつけた。いわゆる土下座と呼ばれる形だ。
胡座をかいていた剱原刀時という青年は光司がいきなり土下座をしだしたことに激しく動揺した。
「おいおいやめてくれって! 何がなんだかわからんが、重すぎるぜ光司っち!」
「・・・・・・・・・」
それでも頭を上げない光司に刀時は根負けしたようにため息を吐いた。
「とりあえず話は聞くけどよ・・・・・・」
「っ・・・・・ありがとうございます」
ガバッと顔を上げた光司。その表情は明るく、後輩の嬉しそうな顔を見た刀時は、めんどくさそうに頭を掻いた。
(うん。こりゃ、断れそうにないな俺)
事態はほぼ確定した。
「大丈夫、影人? なんかいつも以上に暗い気がするけど?」
「・・・・・・気のせいだろ。さいきん寝不足だからそう見えるだけじゃねえか?」
学校の帰り道、暁理が影人にそう声をかけた。友人の顔はどこか心配の色を含んでいた。
「いーや、絶対いつもより暗いね! そりゃ、僕以外の人が影人のことをみたら普段と変わらず暗いって言うだろうけど、僕の目はごまかせない! 影人は、普段よりも、絶対に暗い!」
「なんの確信だよ・・・・・・」
ビシッと自分に指を突きつけてくる友人に、影人は思わずそう返した。
「ね、だから何か悩みがあるなら僕が聞いてあげるよ。ふふん。こう見えても僕、正義のヒロインなんだぜ? だから、どーんと僕に打ち明けちゃいなよ!」
「はっ、なんだよそれ。お前が正義のヒロインだったら世も末だ。それを言うなら、俺は謎の強キャラだぜ?」
「言ったね影人。相変わらず君は酷い奴だ。それと君が謎の強キャラは無理があるよ。だって影人弱いじゃん」
「うるせえ。余計なお世話だ」
いつの間にか軽口を叩き合う2人。その後も2人は他愛のない話をしながら、歩き続けた。
そして分かれ道に辿り着いたところで、影人は気の利いた友人に言葉を述べる。
「別に暗くはなかったが、一応礼だけは言っとく。サンキューな暁理」
「ったく、素直じゃないんだから。いいよ、影人。その感謝は受け取ってあげる。また今度あそ、いやデートしようぜ!」
「はぁ? 何言ってんだ?」
「や、約束だからね影人っ!」
なぜか顔を赤くして暁理は、足早に去っていった。
「・・・・・・・冗談だろうに、なに勝手に恥ずかしがってんだ? あいつもよくよく分からん奴だな」
友人の奇怪な行動に影人は首を傾げた。
「あら、どうしたの影人? あなたいつも以上に暗い感じがするけど」
「・・・・・・・・嬢ちゃんもか。俺、そんなに暗いか?」
マンションの前で隣人であるシェルディアと出会った影人は唐突にそう言われた。暁理といい、今日の自分はそれ程までに暗いだろうか。
「うーん。暗いって言うよりは、何かに戸惑ってるって感じかしら? その戸惑いが不安に変わったり、未知への恐れに変わった・・・・・・それが暗さに現れている、みたいな?」
「・・・・・・・すっげぇ的確だな。嬢ちゃん、歳いくつだよ・・・・・・」
「さあ? 忘れたわ」
そう言ってはぐらかすシェルディアに、やはりこの少女はどこか妙に達観していると、何度目かの再認識をさせられた。
「・・・・・・・・そうだな。まあ、確かに嬢ちゃんの言う通り、気持ちは下向きだったかな。でも、全然大丈夫――」
「強がりね」
影人がシェルディアに弁解をしようとする中、シェルディアはバッサリとそう断言した。そして言葉を続ける。
「あなたとは短い付き合いだけど、それくらいは分かるわ。ここ最近なにがあったか知らないけど、あなたは不安で恐怖している。そういった人間は何人も見てきたわ」
コツコツと足音を立てながら、シェルディアが近づいてくる。シェルディアの言葉に戸惑っている影人を見上げながら少女の姿をしたものは蠱惑的に笑う。
「あなたは気に入っているから、1つアドバイス。強がらなくてもいいの。ただ、自分の心とは向き合いなさい。それだけでいいから。じゃあね、影人。またお話ししましょう」
笑みがニッコリとした微笑みに変わった。異国の少女はそう言って手を振り、マンションの中へと消えていった。
「・・・・・・・・・本当、何歳だよ」
ボソリと独白し、影人は鞄の中から黒い宝石のついたペンデュラムを取り出した。
(自分の心と向き合うか・・・・・・・・)
ジッとペンデュラムを見つめる影人。シェルディアのその言葉が妙に頭に残った。




