第1586話 異世界でも暗躍を(2)
「っ・・・・・・」
バッと影人は思わず声の聞こえた方向を振り向いた。まさかバレたのか。影人はそう思ったが、しかしそこに人はいなかった。
(何だ? 俺じゃない・・・・・・?)
影人が疑問の顔を浮かべる。自分に対しての言葉でなければ、今の言葉はどこから聞こえてきたのだろうか。少なくとも影人の耳を打ったという事は近くのはずだ。影人は足音を力で消しながら、声のしてきた方向に向かった。
(っ、ここか・・・・・・)
議事堂1階の廊下を進んでいた影人は、とある部屋の前で足を止めた。
ドアが半開きにされていたその場所は、この議事堂に勤める職員たちの働く場所、いわゆるオフィスのような場所であった。その証拠に、部屋には木のデスクや書類などがかなり置かれていた。
「分かってるな? 次に勝手に動いてみろ。この剣がお前たちを斬り裂くぜ」
だが、そこ広がっていた光景は職員たちが働いている光景ではなかった。机やイスは倒され書類は散乱し、職員と思われる者たちはその顔に恐怖と緊張を張り付かせ一箇所に座らされていた。
「はっ、楽勝だったな。ここを制圧するのは」
「ああ。流石はお頭だぜ。この日を狙って大正解だったな。やり易いったらありゃしなかったぜ」
それらの者たちを囲むように、3人の男が職員と思われる者たちに剣を突きつけていた。いずれも若く人間で言うならば20代前半くらいだ。種族は全員ツノが生えている事から魔族。おそらく、先程影人が聞いた声はあの3人の内の誰かの声だ。
(こいつは・・・・・・どうやら、俺はとんでもない事に巻き込まれたみたいだな・・・・・・ったく、どうして俺はいつもこんなに持ってないんだよ)
男たちがどうやって侵入したのかは分からないが、どう見ても事件の真っ最中。緊急事態だ。まさか、異世界でこんな事件に巻き込まれる事になるとは。影人が自身のタイミングの悪さに内心嘆いていると、廊下から男が1人歩いてきた。左手に剣を持っているので、犯人側の仲間と思われる。ただし、ツノの代わりに頭には獣のような耳があるので、魔族ではなく獣人族だ。影人はスッとドアの前から体を動かした。
「おい、お頭の方も問題はない。上手くいったぜ」
「そうか。こっちも大丈夫だ。取り逃した奴らはいない。お頭にそう伝えてくれ」
「分かった」
男は部屋の中に入ると、職員たちに剣を向けている男たちの1人とそう言葉を交わした。そして、男は部屋を出て元来た廊下を歩き、ホールにあった階段を登り2階へと上がっていった。
(・・・・・・あいつは連絡係って感じだな。あいつらの会話と連絡係が上に行ったって事を考えると、こいつらの首領は上階にいるって事か)
わざわざ連絡係を使っているという事は、距離が離れている場所から連絡を取る手段がないという事。影人はスプリガンとして鍛えた観察眼を以て冷静に状況を分析していた。
(この部屋にいる犯人グループは3人。人質は15人。普通なら救助するのは中々難しい状況だが・・・・・・まあ、俺ならイージーだな。息を吸うのと同じくらいに)
この程度の状況ならばどうとでもなる。普段ならば、わざわざこんな面倒事に首を突っ込みたくないのが帰城影人という人間なのだが、今回は事情が別だ。このキリエリゼには影人たちに優しくしてくれたヘレナとハルがいる。この状況は、この街に住む2人と無関係とはいかないだろう。高確率で2人に悪影響が出る。それはよろしくない。影人が望む事ではない。
(・・・・・・一宿一飯の恩は返すぜ。目には見えない形にはなるがな)
足音を消しながら影人は部屋の中へと入って行く。音と姿を消しているので、男たちは影人には全く気づいていない。狩人がすぐそこにいるというのに。
(異世界に来てまでこんな事をやるとは思わなかったが・・・・・・一仕事と行くか、イヴ)
『はっ、つまんねえ仕事になりそうだがな』
イヴは影人にそう言葉を返してきた。そして、影人はスッと右手を男たちへと向けた。
――さあ、黒い妖精よ。異世界でも暗躍を。




