第1585話 異世界でも暗躍を(1)
「――悪いが、今日は議事堂には入れねえよ。月に1回の会議で、お偉いさんたちが今話し合ってるからな」
キリエリゼ北エリア議事堂前。その敷地に入る門の前に立っていた中年手前くらいの見た目の男――頭からツノが生えているので恐らくヘレナと同じ魔族だろう――は、影人たちにそう告げた。
「あら、そうなの。ヘレナとハルはそんな事言っていなかったから知らなかったわ。私たち、世界地図を見に来ただけなのだけれど、それでも無理かしら? 時間は取らないから」
「悪いなお嬢ちゃん。誰も通すなっていう事だから、出来ねえんだ。俺も仕事だからさ。明日なら大丈夫だから、また明日来てくれよ」
「そう・・・・・・それは残念ね」
食い下がったシェルディアに男は申し訳なさそうな顔を浮かべる。シェルディアは言葉通り残念そうな顔を浮かべた。
「意外だな。嬢ちゃんなら無理やり押し通ると思ったんだが。案外素直に引き下がったな」
議事堂から少し離れた所に移動した影人がシェルディアにそう言った。
「別に催眠の力を使ってもよかったのだけれどね。でも、あの通りは人がいたし誰かに見られたら、万が一にもヘレナとハルに迷惑がかかるかもしれないでしょ。あの2人は善意から私たちを泊めてくれたのだし。あの子達のことを考えるとね」
シェルディアが影人の言葉にそう答える。シェルディアが言った2人に迷惑がかかるかもしれないという言葉の意味は、不法侵入をしてシェルディアたちがお尋ね者になるかもしれないという意味だ。そうなれば、身体に特徴がない事が特徴の影人たちの事はキリエリゼ中に知らされ、2人もその事を知る事になるだろう。そうなれば、2人は複雑な気持ちになるかもしれない。まあ、シェルディアが言ったように可能性はほとんどないといえばないのだが。
「へえ、シェルディアって気遣い出来るんだね。意外」
「意外とは失礼ねゼノ。別に、私は気に入った者たちは気に掛けるというだけよ」
シェルディアの言葉の意味を理解したゼノが軽く首を傾げる。そんなゼノに、シェルディアはジトっとした目を向けた。
「それで、結局地図を見る方法はどうするのですか? お2人に別れを言った手前、出戻りは出来ませんし。まあ、ヘレナさんとハルさんは優しいですから、事情を話せばもう1日くらい泊めてくれるでしょうが・・・・・・それは流石に申し訳がないでしょう」
フェリートがその問題を投げかける。フェリートのその言葉に答えたのは影人だった。
「別に何の問題もない。俺が見てきてやるよ。ついでに、地図も複製してくる。それで万事解決だ」
「いや、ですからその方法が・・・・・・っ」
影人の言葉に反射的にそう言いかけたフェリートだったが、途中で何かに気づいたような顔になった。
「そういう事だ。俺を誰だと思ってやがる」
影人はニヤリと笑みを浮かべると、自分のズボンのポケットから黒い宝石のついたペンデュラムを取り出した。
「・・・・・・なるほど。これが世界地図ってやつか」
数分後。スプリガンに変身した影人は議事堂1階のホールに居り、壁に掛けられていた世界地図を見上げていた。どうやらこの世界は巨大な大陸が1つと、数個の島で構成されている世界らしく、ほとんどの国が大陸の中にあるようだ。
ちなみに、影人がどうやってこの場所に侵入したのかというと理由は簡単でスプリガンの力を使ったからだ。スプリガンの透明化の力を使って影人は守衛に気づかれずにここへと侵入したのだった。この方法ならば先ほどシェルディアが言った万が一の可能性は起こらない。
「よしイヴ。この地図を手のひらサイズの地図に複製してくれ」
透明化したまま、周囲に人の姿もなかったので影人は肉声でイヴにそう告げた。影人にそう言われたイヴは『ちっ、仕方ねえな』と言い、空中に地図を作成した。影人はその地図を右手で掴む。
「ありがとよ。完璧だ」
イヴが創造した黒地の紙に白い文字や白い図で描かれた地図に目を落とした影人は、世界地図とそれを見比べイヴに感謝の言葉を述べた。
(さて、後は・・・・・・)
シェルディアたちの所に戻るだけ。影人が持っていた地図に透明化の力をかけた瞬間、
「動くなッ!」
どこからかそんな声が聞こえてきた。




