第1584話 忌神の目的(4)
「あら、本当よ。心臓の鼓動もいつもより速くなっているし。確かめてみる?」
「・・・・・・真剣に遠慮させてもらうよ。というか、今更な疑問なんだが嬢ちゃんにも心臓あったんだな」
「私も生物だから当然よ。臓器の位置とか数はあなた達人間とほとんど全く同じだから」
「そうなのか・・・・・・じゃあ、おやすみ」
影人はそう言うとシェルディアに背を向け目を閉じた。間違いは犯さない。影人がそんな事を思っていると、
「えい」
突然、シェルディアが影人の背中に抱きついて来た。
「っ!?!? なななななっ・・・・・・!?」
シェルディアに抱きつかれた影人は軽くパニックに陥り、バッとシェルディアの方を振り向いた。影人には何が起こったのか分からなかった。
「ふふっ、あなたのそんなに驚いて余裕のない顔は初めて見たかもしれないわね。よかった。零無の言っていたように、こういった事でドキドキする心は戻っているのね」
振り向いた影人の顔を見つめながら、シェルディアは嬉しそうに笑った。シェルディアは右手を影人の顔へと近づけ、そっと影人の前髪を掻き分けその下にあった、影人の驚きから見開かれている目を見据えた。
「ねえ、影人。あなたは優しいから、自分の本当の気持ちのままに従う人だから、まだ戦い続けている。あなたの戦いがいつ終わるのか、今はまだ分からないけど・・・・・・1つだけ覚えておいてね。戦いが終わっていなくとも、戦いが終わっても、あなたは普通に生きていいのよ。友達と遊んだり、恋をしたり・・・・・・穏やかに生きてもいいの。もちろん、あなたが望めばだけどね」
「嬢ちゃん・・・・・・」
シェルディアがフッと優しく笑う。その言葉を聞き、シェルディアのどこまでも優しい笑みを見た影人は、気づけば元の状態に戻っていた。
「ああ・・・・・・ありがとう。こんな俺を気遣ってくれて。嬢ちゃんの言葉は、しっかり受け止めておくよ」
「ふふっ、ならよかったわ。普通に言っても、あなたは聞き流しはしないでしょうけど、あまり気にしないだろうし。いつもとは違う雰囲気で言って正解だったわ」
小さな笑みを浮かべた影人に、シェルディアはそう言葉を述べる。どうやら、色々とシェルディアの計算内だったようだ。
「やっぱり、嬢ちゃんには敵わないな。それはそうと・・・・・・そ、そろそろ離れてくれないか? もう言いたい事は終わっただろ・・・・・・?」
「あら、寂しい事を言うのね。別にいいじゃない。このまま寝ても」
「いや流石に寝れないから・・・・・・! ゆっくり休めって言ったのは嬢ちゃんだろ。このままじゃ、休めないって・・・・・・!」
「仕方ないわね。なら、今日はこのくらいにしておいてあげるわ」
シェルディアが影人から離れる。そして、シェルディアは――
「じゃあ・・・・・・おやすみなさい影人」
そう言った。
「ああ・・・・・・おやすみ嬢ちゃん」
影人も再びそう言葉を返す。そして、2人は眠りについた。
「おはようございます。昨晩はお楽しみでしたね」
翌朝。ハルとヘレナ宅のリビングに影人が行くと、先にテーブルに着いていたフェリートがそんな事を言ってきた。
「・・・・・・は? 何言ってんだお前。タチの悪い冗談はやめろ。嬢ちゃんとは何もなかった」
「知っていますよ。あなたの事が嫌いですから、あなたが嫌がりそうな事を言ってみただけです」
「・・・・・・いい性格してるぜお前」
澄まし顔のフェリートにそう言葉を返し、影人も席に着いた。席にはフェリートの他にゼノもおり、ゼノは「おはよう」と影人に軽く手を振ってきた。
「おはようございます影人さん! もう少しで朝ごはん出来ますので、少々お待ちを!」
「ありがとうハルさん。朝飯までご馳走になって悪いな」
台所にいたハルに影人は感謝の言葉を述べた。ヘレナはハル曰く朝に弱いらしく、もう少しすれば起きてくるとの事だった。
「おはよう。いい朝ね」
しばらくすると、シェルディアがリビングに現れた。シェルディアは少し早起きをしてこの近くを散歩していた。
それから、影人たちはハルに朝食をごちそうになった。メニューは丸パンに豆らしきもの入ったスープというシンプルなものだった。
「ん・・・・・・おはようハル」
影人たちの食事が終わる間際になると、ヘレナが軽くを目を擦りながらリビングに現れた。ヘレナは影人たちに気がつくと、「あ、皆さん・・・・・・おはようございます」と軽く頭を下げた。
影人たちが食事を終えると、ヘレナとハルも朝食を摂り始めた。
「ヘレナさんとハルさん、時間は大丈夫なのか? その仕事とかの」
影人が少し申し訳なさそうにそんな質問をする。すると、2人とも笑顔でかぶりを振った。
「大丈夫ですよ。私たちの仕事は時間が不定期ですから」
「私たちは採取専門の冒険家ですので、予定は自由に自分たちで決められるんです!」
「冒険家・・・・・・なるほど、異世界っぽいな」
2人の答えを聞いた影人はポツリとそう言葉を漏らす。漫画やゲームなどで出てくるその単語が、本当に存在しているのは何だか不思議な感覚だ。
「じゃあ、私たちはこれから議事堂に行くわ。そこに行った後はこの街から出る予定だから・・・・・・あなた達とはここでお別れよ。ヘレナ、ハル。2人とも本当にありがとうね。世話になったわ」
ハルとヘレナが朝食を終え少し時間が経過した頃、シェルディアが2人に別れの挨拶を告げた。
「も、もう行かれるんですか? 別に、私たちはもう少しいて頂いても・・・・・・」
「気遣いは嬉しいけど、私たちも旅の目的があるから。だから、私たちは行かなくてはならないの。ごめんなさいね」
急なお暇の言葉にハルはそう言ったが、シェルディアは首を横に振る。シェルディアたちはフェルフィズを追わなければならない。そのためには、フェルフィズが行きそうな場所を目指す必要がある。すなわち、昨日影人が言った5つの土地に。
「そうですか・・・・・・なら仕方ありませんね。こちらこそありがとうございました。皆さんの旅の安全を願っています」
「皆さんよければまたキリエリゼに来てくださいね! いつでも歓迎しますから!」
「ええ、その時はぜひ」
「本当にありがとうな」
「お世話になりました」
「ありがと。バイバイ」
ヘレナとハルが見送りの言葉を口にする。シェルディア、影人、フェリート、ゼノはそれぞれ感謝と別れの言葉を述べると、ハルとヘレナの家を出た。
「さて、じゃあ議事堂に行きましょうか。2人から大体の位置は教えてもらったし、議事堂は目立っているらしいから場所は分かるはずよ」
「そうか。まあ、最悪分からなくてもそこらにいる人に聞けばいいだけだしな」
シェルディアの言葉に影人が軽く頷く。そして、シェルディア、影人、フェリート、ゼノは地図を見に行くべく議事堂へと向かった。
――この時、影人は思いもしていなかった。まさか、この後自分があんな事に巻き込まれる事になろうとは。本当に夢にも思っていなかった。




