第1583話 忌神の目的(3)
『くくっ、異世界に来てそうそう面白い事になったよな。あの幽霊が知ったら間違いなく激怒するぜ』
「茶化してるんじゃねえよイヴ。俺は本当に困ってるんだからよ・・・・・・」
『バーカ。だから面白いんじゃねえかよ。ほれ、さっさと入れよ。てめえと吸血鬼の情事見守っといてやるからよ』
「っ、バカ。冗談でもそんな事――!」
影人が本気で怒りそうになった時だった。部屋の中から「影人?」という声が聞こえてきた。シェルディアだ。声を掛けられた影人はギクリとした。
「よ、よう嬢ちゃん」
「どうしたの? 早く入ってきたら?」
「い、いや、そのやっぱり・・・・・・道徳的にそういうのは・・・・・・」
影人が躊躇っていると、ガチャリと部屋の中からドアが開けられた。そこには寝巻きなのか、黒いネグリジェを纏ったシェルディアの姿があった。髪も寝るためか結われておらず、ストレートだった。
「っ・・・・・・!」
その妖艶さと美しさを兼ね備えた姿に、思わず影人の心臓がドキリとする。
「まだ躊躇っているの? ほら、取り敢えず部屋に入って」
「あ、ちょ・・・・・・」
シェルディアに手を引かれ、影人は部屋の中に入れられた。基本的に、吸血鬼であるシェルディアに通常状態の影人は勝てないのだ。
「こちらの世界は思っているよりも魔法の技術が発達しているようね。まさか、家の中で水を浴びる事が出来るとは思わなかったわ」
「あ、ああ。そうだな・・・・・・」
影人を部屋に入れたシェルディアは部屋のドアを閉めた。シェルディアが言っているのは、影人も今さっき利用した「水浴び室」なる部屋の事だ。体温か何かで反応するのか、3畳ほどの小さな部屋の中にあった壁に埋め込まれていた円盤のようなものに触れると、上部の壁に魔法陣が出現しそこから温い水が振ってくるというもので、疑似的なシャワーと呼べるものだった。もちろんと言っては少し変だが、水浴び室という名称の通りシャンプーやボディソープ、湯船などはなかった。
ちなみに、水を止める時はもう1度円盤に触れればよいだけだ。後、服装は流石に洗濯機などはなかったので、脱いだ服をそのまま着た。シェルディアの服が違うのは、シェルディアが影から服を出したのだろう。シェルディアの影はさながら四次元ポケ◯トである。
「さあ、影人。一緒に寝ましょう。慣れない環境で、きっとあなたが思っているよりもあなたの体は疲れていれるはずよ」
「い、一緒にってそのベッドにか!? いやいやいや! 俺はそこのソファで寝るから! 一緒は本当無理だって!」
「そんな所で寝たら疲れが取れないわよ」
「だったらスプリガンに変身してベッドを創るから!」
影人がポケットからペンデュラムを取り出しスプリガンに変身しようとする。だが、シェルディアが目にも止まらぬ速度で影人の手からペンデュラムを奪い去った。
「なっ!?」
「これは明日の朝まで預かるわ。ふふっ、これで、あなたは私と一緒に寝るしかなくなったわね」
驚く影人にシェルディアがイタズラっぽい笑みを浮かべる。シェルディアとの付き合いから、これ以上抵抗しても無駄だと悟った影人はガクリと項垂れた。
「はあ・・・・・・分かったよ。俺の負けだ。一緒にベッドに入るよ。ったく、嬢ちゃんのイタズラ好きにはまいるな・・・・・・でも、あんまりこういうイタズラはしない方がいいぜ、嬢ちゃん。嬢ちゃんの強さは知ってるが、色々と危ないからな」
「心配ありがとう。でも、私あなた以外にこんな事は言わないから大丈夫よ」
シェルディアはそう言って簡素なベッドに入った。そして、ポンポンとベッドを叩く。影人は決死の覚悟を決めシェルディアの隣に寝転んだ。
「ふふっ、誰かと一緒にベッドに入るのは初めてだけど・・・・・・いいわね。珍しくドキドキしてきたわ」
「・・・・・・様子と言動が一致してねえぜ、嬢ちゃん」
至近距離から影人の顔を見つめながらシェルディアがニコニコと笑う。影人は未だに緊張したような声で天井を見つめそう呟いた。




