第158話 それぞれの事情(2)
「ねえ、アイティレ。あなたスプリガンと戦ったって本当なの?」
「ああ、事実だ。・・・・・・・耳が早いな、風音」
ある日の放課後。扇陣高校の空き教室で、風音は帰り支度の済ませたアイティレを呼び止め、そう話を切った。
「ソレイユ様からご連絡頂いてね。手紙が来たわ。何でも『提督にとって慣れない異国の地で、件の怪人と戦ったのだから大丈夫か心配です』・・・・・・・ということで、あなたと同じ光導十姫の私に話を聞いてほしいってお願いされたの」
「・・・・・・・・そうか。我らの女神は変わらず優しいな」
アイティレは風音の言葉を聞いて、小さな笑みを浮かべた。だが、内心は表情とは違った。
(っ・・・・・今回限りはソレイユ様の優しさが、少々厄介なことになったな)
アイティレの表向きの理由は、留学だ。しかし本当の目的は、日本に出現する謎の怪人スプリガンを拘束、または抹殺することだ。
そんな目的を秘めたアイティレからしてみれば、ソレイユの気遣いは迷惑でしかなかった。
無論、これはソレイユがわざと風音に提督から話を聞いてほしいと手紙に書いたのだ。つまり意図的な行為。アイティレがスプリガンの敵と判明した事で、ソレイユは牽制の意味を込めてこの状況を作り出した。まあ、言い方を変えれば多少なりともの嫌がらせとも言えるだろう。
「手紙にはあなたがスプリガンから攻撃を受けたってあったけど、大丈夫?」
「問題ない。確かに私は奴から攻撃を受け、ダメージを負ったが、ソレイユ様のおかげでその傷も完治している」
「それならよかったけど・・・・・・・そもそも何でスプリガンと戦ったの? 私も彼と遭遇したけど、彼は姿を見せるだけで何もしてはこなかった。もしかして、スプリガンがあなたを襲ったの?」
「・・・・・・・・いいや、そうではない。奴は闇の力を扱う者。であれば、私の敵と認定したまでだ。ゆえに私からスプリガンに仕掛けた。途中、フェリートも出現し場は三つ巴となったが、私はソレイユ様に転移させられたから、その後がどうなったのかはわからんがな」
アイティレは真実を述べた。だが、真の目的であるスプリガンの拘束・抹殺のことはもちろん伏せる。真実を混ぜた嘘は往々にしてバレにくい。アイティレにはそれが分かっていた。
「フェリートも・・・・・・・? それは初耳だわ、手紙にはそんなことは書いていなかったから・・・・・・・・・なるほど。確かにあなたの正義観からすれば、スプリガンとは戦いになるでしょうね。でも、ダメよ『提督』。いくらあなたが強いからといっても、スプリガンはその全てが未知数。あなた1人で仕掛けるのは危険だわ」
あえてアイティレを光導姫名で呼ぶことによって、緊張感を与える風音。風音自身は、スプリガンのことをまだ味方とも敵とも明確に判別していないが、スプリガンが明確な敵であった場合、アイティレの行動は危険という以外ない。
フェリートとレイゼロールを撤退させるほどの力。それがどれだけ危険かはもはや言わずもがなだ。
「・・・・・・確かに私の行動は軽率だったな。そこは素直に認めよう」
「ならいいわ。――で、スプリガンは強かった?」
真面目な顔つきで風音はアイティレにそう聞いた。スプリガンの戦闘力は噂で恐ろしく高いというのは分かっているし、風音も実際にスプリガンの力を見た。だが、まだ戦ってはいない。実際にスプリガンと戦ったのと戦っていないでは、その力の分析に違いが出てくる。ゆえに、風音は同じ光導姫としてスプリガンと闘ったアイティレの意見を聞きたかった。
「・・・・・・・闇の力を扱う者に、あまり高い評価を下したくないのが実情だが、はっきり言おう。奴は強い。自在な闇の力に、恐ろしいほどの身体能力。それに冷静な判断・・・・・・・でなければ、私はダメージを受けない」
「そう・・・・・・・やっぱりそこまでの相手なのね。アレを使ったあなたでも彼に勝つのは難しい?」
「それはわからん。実際、私がアレをしようとしたところで、フェリートが乱入してきたからな。結局、アレは使わなかったが、使っていれば結果がどうなっていたかは分からん」
風音の言うアレの内容をアイティレは的確に理解していた。アレとはアレである。
「そっか。まあ、あなたが無事でよかったわ。この話はこれくらいにしましょう。どうせ、近く開かれる『光導会議』でこの手の話は腐るほどするだろうし」
「・・・・・・そうか、もうそんな季節か。季節の移ろいとは早いものだな」
「本当にね。――さて、長い時間引き止めてごめんなさいね。私、今から他校の光導姫の人たちとお茶するんだけど、よければあなたも来ない? きっと楽しいわよ」
風音が微笑みを浮かべながら、アイティレを誘った。学校生活を通して、『提督』という少女を身近に知った風音は1度ゆっくり世間話でもと考えていた。
「誘いは嬉しいが、今日は辞めておく。帰って今日の勉学を振り返らねばならんのでな」
「真面目ね、なら仕方ないか。残念、その子たち何回かスプリガンと会ってる子たちだから、あなた話でも聞きたいんじゃないかって思ったんだけど」
「・・・・・・なに?」
その言葉を聞いて、
アイティレの目の色が明確に変わった。




