第1575話 ハロー、異世界(3)
「ヤバいヤバいヤバい! まさか岩だと思ってたのがバジダハルだったなんて! 私たちこのままだと死んじゃうよ〜!」
「誰のせいよ!? 嫌だ嫌だ嫌だ! 私まだ死にたくなーい!」
そんな獣に追われていたのは2人の少女たちであった。ただし、両方とも普通の人間という感じではなく、片方の少女は頭から狐のような耳を生やし、もう片方の少女は頭から紫の角を側頭部から片方だけ生やしていた。
「何かしらあの生き物。初めて見たわね。追われてる子たちは・・・・・・獣人族と魔族かしら?」
この世界出身のシェルディアが軽く首を傾げながらそう呟く。すると、追われていた少女たちが影人たちに気づいたようで、こんな言葉をかけて来た。
「え、こんな所に何族!? 危ないよ今すぐ逃げて!」
「早くしないと死んじゃうわよ! バジダハルは凶暴なんだから!」
「? 何だ。何か言ってるのか?」
必死な様子で言葉を叫んだ少女たち。その言葉はどのような言語だろうと理解できるシェルディア、フェリート、ゼノの3人には理解出来たが、スプリガン形態ではない影人には理解出来なかった。
「逃げろってさ。でも、逃げるのは面倒くさいな。仕方ない。取り敢えず、あの生き物を壊して・・・・・・」
「いいわゼノ。私がやるから。未知の生物・・・・・・ふふっ、少し楽しみね」
ゼノは自身の封印を壊そうとしたが、シェルディアが待ったをかける。シェルディアはゾクリとするような笑みを浮かべると、
「さあ、まずはあなたの硬さを確かめてあげるわ」
自身の影を鋭利な形に変形させ、その影をバジダハルと呼ばれた獣に飛ばした。影は一瞬でバジダハルに接近すると、その肉体を貫いた。
「グギャ!?」
「あら、硬そうな見た目の割に存外脆いのね」
バジダハルは悲鳴のような声を漏らし、貫かれた箇所から赤色の血を流した。急な攻撃のせいか、バジダハルの動きが止まる。その様子を見たシェルディアは呆気ないという感じの感想を漏らした。
「え!?」
「な、何が起きたの!?」
バジダハルの異変に気がついた少女たちが驚いた顔を浮かべる。その一瞬間にシェルディアはバジダハルに距離を詰めた。
「残念だわ。どうやら、あなたはただのつまらない獣のようね」
「グッ!?」
シェルディアが冷めたような目をバジダハルに向ける。シェルディアに底知れぬ恐怖を本能で抱いたバジダハルは体を大きく震わせると、脱兎の如くどこかへと逃げていった。
「へえ、別に気配は解放していないのだけど・・・・・・さすがは獣ね。本能の感度がいいわ」
シェルディアは逃げる獣を見逃した。別にもう興味はないからだ。
「嬢ちゃんに恐れをなして逃げたか・・・・・・まあ、賢い選択だな」
その光景を見ていた影人が他人事のようにそう言った。シェルディアと戦った者からすれば、獣の行動は最適解の1つだと言わざるを得ない。ちなみに、もう1つの最適解は逃げずに降参する事だ。
「バ、バジダハルが逃げた・・・・・・?」
「す、凄い・・・・・・バジダハルは危険で凶暴な魔獣なのに・・・・・・」
少女たちが信じられないといった様子になる。2人はしばらくの間呆然としていたが、やがてハッとした顔になるとシェルディアに対しお礼の言葉を述べた。
「あ、あのありがとうございます! おかげで助かりました! 私、獣人族のハルっていいます!」
「魔族のヘレナです。その、本当に助かりました。あのままだったら私たち多分死んでました」
「ハルにヘレナね。気にしないで。礼を言われるような事は何もしていないから」
ハルとヘレナと名乗った少女たちに、シェルディアは軽く首を横に振り笑みを浮かべた。ハルは茶髪の少し短めの髪に活発な印象の少女で、ヘレナは黒髪のロングのストレートの少し大人しそうな印象の少女だった。どちらも、肌の色や質感は人間と変わらない様子だった。




