第1571話 あちら側の世界へと(3)
「・・・・・・そろそろだな」
5月13日日曜日、午後3時過ぎ。ソレイユに向こう側の世界に行くつもりだという話をした5日後。影人はとある公園にいた。レイゼロールと初めて邂逅し、影人がレイゼロールとの待ち合わせ場所に使ったりしていた公園だ。休日なので、子供や保護者の姿は多い。影人はベンチに座り、ポツリとそう呟いた。
「――こんにちは影人。今日はいい天気ね。出かけるにはいい日だわ」
するとそんな時、ベンチに腰かけていた影人に1人の少女が声を掛けてきた。豪奢なゴシック服に身を包んだ緩いツインテールの人形のように美しい少女、シェルディアだ。シェルディアは笑みを浮かべていた。
「こんにちは嬢ちゃん。ありがとうな、ガイドとして一緒に向こう側の世界に行ってほしいなんていう無茶な願いを受けてくれて。本当、嬢ちゃんには感謝しっぱなしだ」
「気にしないで。他ならぬあなたの頼みだもの。あなたと一緒ならどこにでも行くわ。それに、私も少しだけ里帰りしたい気分だったし」
影人の言葉にシェルディアは軽く首を横に振った。
「でも前に言った通り、私はあまりガイドとしては役に立たないと思うわよ? 私が向こう側の世界からこちら側の世界に来てかなりの年月が経過しているし。向こう側の世界の状況も国や地形もかなり変わっているはずだから」
「それは分かってる。それでも、向こう側の世界を知ってる誰かがいるかいないかじゃ全然安心感が違うからさ。だから、嬢ちゃんが着いてきてくれて本当に助かったよ」
影人はシェルディアに感謝の言葉を述べた。シエラには店を理由にガイドは断られたので、シェルディアが了解してくれなければ、影人は少し心細い気持ちで向こう側の世界に行かなければならなかった。
「――ふん、今から異世界に行くというのに緊張の様子もない。相変わらずだなお前は」
影人とシェルディアが話していると、どこからかそんな声が聞こえて来た。レイゼロールだ。レイゼロールはフェリートとゼノを連れていた。
「よう、レイゼロール、フェリート、ゼノ。今日はわざわざありがとな。後、しばらくの間よろしく頼むぜフェリート、ゼノ」
「全くなぜ私が・・・・・・いいですか、帰城影人。私はレイゼロール様があなたに着いて行ってやれという言われたから、あなたに着いて行くのです。その辺りの事をよく噛み締めて・・・・・・」
「小言うるさいよフェリート。うん、よろしく。俺も異世界なんて行くのは初めてだから、楽しみだよ」
影人の挨拶の言葉にフェリートとゼノがそれぞれ反応する。今の言葉からも分かる通り、フェリートとゼノも異世界へと同行する者たちだ。休日の公園に美男美女と前髪の長い不審者がいるので、子供の保護者たちは不思議そうな或いは好奇の視線を影人たちに向けていた。
「よし、これで全員揃ったな。それじゃ、シトュウさんのいる真界に行くか。まずは、シトュウさんに真界への門開いてもらって・・・・・・」
「影人」
影人がシトュウと念話をしようとすると、レイゼロールが影人の名を呼んだ。影人はレイゼロールに前髪の下の目を向ける。
レイゼロールがどこか恥ずかしそうにそれでいて少し悲しそうな顔でそう言葉を述べる。レイゼロールは影人たちと共に異世界には行かない。レイゼロールが来たのは、フェリートとゼノをこの場に連れてくるためだ。
もちろん、影人の話を聞いた時レイゼロールも異世界に着いて行くと言った。レイゼロールにもフェルフィズを追う理由があるからだ。
だが、影人はレイゼロールの申し出を断った。レイゼロールは地上で力を振るう事の出来る神であり、また戦力としては最高峰だからだ。フェルフィズがまだ何かこちらの世界に罠を仕掛けている可能性、光導姫や守護者だけでは対応出来ない流入者出現の可能性などを考慮し、影人はレイゼロールにはこちらの世界に残ってほしいと考えていた。
レイゼロールは最初中々納得しなかったが、影人の説得の末、最終的には影人の考えに従った。ただし、戦力としてゼノとフェリートを連れて行く事を条件として。影人はその条件を呑んだ。その結果が、今のこの状況であった。




