第1569話 あちら側の世界へと(1)
「あちら側の世界に行く・・・・・・本気なのですか、影人」
5月8日火曜日、午後8時過ぎ。影人が1度この世界から消えた高台の公園。そこに呼び出されたソレイユは影人から話を聞かされ、影人にそう聞き返した。ソレイユは影人が消えた日と同じ、桜色のワンピースを着ていた。
「ああ、あの意図的な災害野郎がただ向こう側の世界に逃げたとも考えられねえし・・・・・・俺はあいつを追って向こう側の世界に行こうと思ってる。なんの手掛かりもなしに、異世界であいつを捜すのは砂漠の中で1粒の砂を探すような行為だ。どれくらいの時間が掛かるのか、見つけられるのかすら正直分からない。でも、それでも・・・・・・俺は行く。このまま黙って何もしないのは性に合わねえしな」
ソレイユの言葉に、柵にもたれかかっていた影人は頷きそう言葉を返した。公園には影人とソレイユ以外に誰もおらず(零無は留守番。ゴネていたが無理やり影人が言い聞かせた)、小さな電灯だけが2人を照らしていた。
「っ、そうですか・・・・・・」
影人の意志を確認したソレイユはただ一言そう呟いただけだった。ソレイユの反応を見た影人は静かにこう言葉を紡ぐ。
「・・・・・・意外だな。驚いたり、止めたりされると思ったんだが」
「何となく、フェルフィズが異世界に逃げたと聞いた時からあなたならそうすると思っていましたから。それに、あなたは私なんかが止めても、いや誰に何を言われても、あなたは止まらないでしょう」
影人と既に1年間ほどの付き合いのあるソレイユが実感を伴った言葉を放つ。帰城影人という人物は、良くも悪くも1度自分が決めた事を貫き通す人間だ。ソレイユからすれば少し悲しくはあるが、それが影人の決めた事なら、もうソレイユにはどうにも出来ない。
「そうか。まあ、お前ともそれなりの付き合いだから、俺の事は大体分かるか。だけど、お前に理解者面されるのは何かムカつくな」
「別に理解者面なんてしてませんよ。にしても、あなた相変わらずの口の悪さですね。程度が知れますよ不審者」
「誰が不審者だ。つーか、お前も大概だろ」
「私はあなたにレベルを合わせてあげているんです。ほら、私神ですから。精神のレベルがあなたより遥かに上なんです」
「嘘つけ年増のクソ女神」
「誰が年増のクソ女神ですか!? このバカ前髪!」
ボソリと影人の放った言葉にソレイユは秒速でキレた。ソレイユのその様子を見た影人はニヤリと笑みを浮かべる。
「ほら、こんな言葉で一瞬でキレる奴の精神レベルが俺より遥かに上であるもんかよ。お前はせいぜい俺と喧嘩するレベルの精神でいいんだよ。そっちの方が間違いなく楽だしな」
「影人・・・・・・」
ソレイユが少し驚いた顔になる。だが、ソレイユは次の瞬間には白けたようなジトっとした目を影人に向けた。
「何を格好つけてるんですかあなたは。そういうところがアホで残念なんですよ」
「なっ・・・・・・!? だ、誰がアホで残念だこのクソ女神! お前にだけは言われたくねえよ!」
「私もあなたにだけは言われたくないです〜!」
逆にソレイユにそう言われた影人はムキになり軽くそう叫び、ソレイユはベーと影人に舌を突き出す。いつもならばこのまま更に激しい口喧嘩か、リアルファイトになるのだが、今日は両者ともそこで喧嘩を止めた。
「まあ、今日はこのくらいにしておいてあげましょう。私は大人ですからね」
「けっ、それはこっちのセリフだ」
ソレイユと影人は小さく口角を上げた。2人の間には確かな絆を感じさせる雰囲気があった。




