第156話 嘲る暴嵐(4)
「どうって・・・・・・お前見てなかったのか?」
ソレイユは確か自分と視覚の共有が出来たはずだ。だからソレイユは全ての事を知っていると影人は勝手に考えていた。
「もちろん私も緊急の事なので、あなたと視覚を共有しようとしました。ですが・・・・・・なぜか今回はあなたと視覚を共有出来ませんでした。理由は分かりません。ですが、私は何か強い否定の意志のようなものを感じました」
「否定の意志・・・・・・・・」
その言葉を聞いて自分は、つい先ほどまで何かを否定していたような気がしたが、そんな記憶は自分の中には存在しなかった。
「それも気にはなりますが、今はフェリートとの戦いの事です! 何があったのか包み隠さず答えてくださいよ!」
「それは分かったけどよ・・・・・」
嫌そうに顔を顰める影人。詳細を話せば絶対に間違いなく怒られる。しかも100パーセント自分が悪いので何の反論も出来ない。
(でも、そんなこと言ってる場合じゃないしな)
影人は怒られることを覚悟しながら、ソレイユに覚えている全ての事を話し始めた。
「女の声ですか・・・・・・・・」
「ああ。フェリートにやられて意識を失う直前、そんな声を聞いた気がする」
ソレイユに提督のいなくなった後のことについて、影人は全てを話し終えた。案の定、ソレイユは激怒して4〜5分ほど説教をくらったが、それは必要経費というやつだ。自分の事を本気で心配して怒っているソレイユの言葉を鬱陶しがるほど影人は子供ではない。
「影人が死んでは困る。・・・・・・・その声は確かにそう言ったのですね?」
「たぶんな。で、目覚めてみりゃ体はなぜか元通りってわけだ。はっきり言って意味が分からんが、この現象は――」
「――前回のあなたの暴走と一致する・・・・・・ですか」
「そういうことだ。まあ、俺の意識の有無が前回とは違うがな」
前回は自分の体が何かに乗っ取られて時は、影人はちゃんと意識があった。もちろんその間の記憶も。
しかし今回は意識は何もなく、記憶もない。もしまた、謎の存在が影人の体を乗っ取ったと仮定するなら、そこが前回との相違点と言うことになる。
「・・・・・・はっきり言って、今の段階では何とも言えませんね。前回とは違い、観測者はいませんし」
「そうだな・・・・・・いるとしてもそれはフェリートだが、あいつは敵だから論外だしな」
少しの間、沈黙がその場を支配した。今回の事はあまりにも情報が少なすぎる。残ったのは、ただただ謎だけだ。
「・・・・・・ダメだな。本人である俺が何も覚えてない以上、この答えは出ない。今はそのことは置いておくしかないとして・・・・・・・・ソレイユ。『提督』はお前の危惧してた通り、俺狙いだったな」
仕方なく影人はこの議題を一旦棚上げして、提督の事を話題とした。元々、今回話すべきだった内容は提督関連のことであるはずなのだ。フェリートや影人のことは本来はイレギュラーな議題だ。
「・・・・・・ええ、嫌な予想が当たりました。『提督』の目的はあなたの抹殺か捕縛のようですね。捕縛・・・・・・というのが少し引っ掛かりますね。裏に誰かがいるのでしょうか?」
「それは分からん。まあ、これで『提督』は敵だってはっきりわかったわけだ。イレギュラーなことがあったとはいえ、当初の目的は達した。・・・・・・悪いが今日はこれくらいでいいか? ちょっと、つーかかなり疲れてるし、明日学校なんだよ」
今の時刻が何時かは正確には分からないが、この感じだともうけっこういい時間な気がする。影人は明日が学校のため、朝は早い。
「それはフェリートと戦えばそうでしょうね・・・・・・・わかりました。今日はお疲れ様です影人。また今度しっかり話し合いましょう」
「・・・・・・わかった。じゃあ転移頼むぜ」
「はい」
――そうして影人は光に包まれ、自分の部屋へと転移した。
シャワーを浴びて、着替えなければと分かってはいたが、まぶたの重みに耐えきれず影人はベッドに倒れ込み泥のように眠った。
『くくっ、なんだあん時の抵抗は無意識かよ。ははっ、色々と驚かせるやつだな』
どことも知れぬ闇の中で、女の声が響く。しかし、そこには女性の姿などはない。あるのは完全なる闇だけだ。つまりは、この闇全てが彼女と言っても過言ではなかった。
ここはとあるモノの内側、精神世界。今回の一件で自我が完全に芽生えたソレは1人言葉を紡ぐ。
『しっかし、記憶がないってのはラッキーだったな。まだ色々と楽しくやれそうだ』
思わぬ僥倖に口笛を吹きつつ、ソレは笑い声を上げた。
『次はしっかりとお前の体をいただくぜ。くくっ、ははっ。ははははははははははははははははははははははははッ!』
闇の中、女の笑い声が響いた。




