第155話 嘲る暴嵐(3)
「あ・・・・・・・・?」
まるで確たる意志を持っているように、右腕は不動のまま。そして徐々にその掌は閉じられようとしていた。それと連動するように、上空のエネルギー球体も小さくなってゆく。そして掌が完全に閉じたことと連動して、遂にはエネルギー球体は完全に虚空へと収束した。
謎の存在は自分の内側から、強固な否定の意志を感じた。
「ははっ。さっきまで寝てやがったのに、よく暴れやがる。肉体の主導権も徐々に取り返されていくし・・・・・・・・今回はここいらで終いか」
謎の存在は自分の自我が薄れていくことを実感した。精神世界の闇の中から、この体本来の主が目覚めようとしている。
「次は・・・・・・・・貰うぜ」
そして、
スプリガンの体は糸が切れた人形のように、水田へと仰向けに倒れたのだった。体の意識が途切れたことによって、スプリガンの変身は解けていた。
「――いと。影人ッ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
自分の名を呼ぶ声が聞こえ、影人は目を覚ました。
目を開けると、自分を心配するソレイユの顔が目に入った。
「・・・・・・・・・ソレイユか?」
「ッ! よかった!! 大丈夫ですか!?」
ソレイユのホッとしたような顔に影人は疑問を感じつつも、上半身を起こした。どうやら自分はソレイユに膝枕をされていたらしい。
(ここは神界か? いったい何がどうなって――)
確か自分はフェリートと戦っていて、心臓を――
「ッ!?」
意識の沈む直前の光景を思い出した影人は、反射的に右手で心臓のある場所を押さえた。
「直ってる・・・・・・・・?」
その他にも影人は自分の頬や両肩を触り確認したが、フェリートから受けた傷やダメージは全て何事もなかったようにきれいなままだった。
「・・・・・・・・・俺は」
記憶を整理しようにも影人には何が起こったのか、なぜ自分がここにいるのか分からなかった。頭に手を当て、無意識にボーっとしているとソレイユが今度は怒ったように声を掛けてきた。
「影人ッ! 本当に心配したんですからっ! あなたがフェリートと戦うと言って転移をするなと言った時は私、本当に意味が分からなくて・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・ああ、それは覚えてる。悪かったソレイユ。あれは完全に自分の感情をコントロールできなかった俺の落ち度だ。・・・・・・・本当にごめん」
ソレイユが怒っている理由は最もだ。影人は素直にその事を認めると、ソレイユに謝罪した。
「わ、分かってくれればいいんです。次からあんな身勝手なことはしないでくださいね・・・・・・・・・でも意外です。あなたがそんなに素直に謝るなんて」
そう。ソレイユにしてみればそこが意外だった。普段の影人を知っているソレイユからしてみれば、影人は素直に謝罪はしないと思っていた。なにせ、この少年は本当に捻くれているから。
「まあ、そこはな。さすがにあれはちゃんと謝らなきゃダメだろ。・・・・・・それより、俺はどうしてここにいるんだ?」
「どうしてって・・・・・・・いくら待っていてもあなたから何の呼びかけも、反応もなかったからですよ。念話であなたに語りかけても反応もないし、私が転移をしたらあなたは意識を失っていたんです。しかもなぜか背中が泥水で汚れていました」
「泥水・・・・・・・? 田んぼにでも落ちたか・・・・・・?」
ズキリと頭が痛む。影人が意識を失う前に覚えている最後の記憶は、どこからか嘲るような女の声が聞こえたところで終わっている。
「そうだ・・・・・・・フェリートに心臓を貫かれた後、女の声が聞こえた」
「待ってください。フェリートに心臓を貫かれた? いったいどういうことですか!?」
影人の呟きを聞いたソレイユは、血相を変えたようにそう問い詰めてきた。




