第1542話 再会、父よ(5)
「そう・・・・・・か・・・・・・そう、なのか・・・・・・は、ははっ・・・・・・」
影仁は泣き笑うような顔になると、右手で顔を覆った。そして、そのまま顔を落とし体を震わせた。
「ありがとな・・・・・・本当にありがとな影人ぉ・・・・!お前にばかり無理させちまって・・・・・・! 俺は本当にダメな父親だ・・・・・・!」
影仁は顔を伏せていたが明らかに泣いていた。感情がぐちゃぐちゃになったのだろう。無理もない。長年苦しめられていた呪いが解けたという事を知ったのだ。感情の処理がそう簡単に追いつくはずもない。
「そんな事はない。絶対にそんな事はないんだ。あなたがダメな父親であるはずがない。俺を庇ってたった1人、今日まで世界を放浪し続けたあなたが自分を責める必要なんてないんだ・・・・・・! 謝らなきゃいけないのは俺の方だ。ごめん父さん。こんなに時間が掛かって。全部、全部俺のせいだ・・・・・・! そして、ありがとう。あの時俺を守ってくれて。ずっと言いたかった。本当に本当にありがとう・・・・・・!」
自身を責める影仁を影人は否定した。そして、自身の溢れ出る思いを影仁にぶつけた。
「ああ、ちくしょう・・・・・・息子の言葉が沁みるぜ。でもな、影人。親が子供を守るのは当たり前の事なんだ。だから気にし過ぎるな。俺はお前を守れた事を誇りに思ってるし、あの時の俺の行動を後悔してないから」
影人の真摯な思いを受けた影仁が顔を上げ、笑みを浮かべる。その目元は案の定赤く腫れていた。
「でも、マジで今のお前の事が気になるな。あのヤバい女と戦ったって事は、普通じゃない世界と関わった、いや現在進行形で関わってるって事だろ? 大丈夫かお前? 日奈美さんや穂乃影はその事を知ってるのか?」
「いや、母さんと穂乃影は知らない。心配はさせたくなかったから。俺の事はさっきも言ったみたいに詳しくは教えられないけど・・・・・・大丈夫だよ」
「っ、そうなのか・・・・・・分かった。お前がそう言うならめちゃくちゃ気にはなるが、深くは聞かない。人間誰しも、家族にも言えないような秘密はあるからな。俺も絶対他言はしない」
「ありがと。助かるよ」
理解を示してくれる影仁に影人は感謝した。
「父さん、これは提案なんだけど・・・・・・今から一緒に俺と日本に戻らない? 俺ちょっと特殊な力があって数秒あれば日本に戻れるんだ。だから、俺に触れてれば父さんも一緒に日本に帰れるよ」
「え、お前超能力者にでもなったのか・・・・・・? あ、でもそうか。お前が制服姿のままここに来たのはその力があるからなのか・・・・・・」
影人の言葉を素直に信じた影仁が相変わらずの勘の良さを発揮する。普通なら息子がそんな事を言えば「は? 頭大丈夫か?」と不審な目を向けられるか、もしくは「そうか・・・・・・実は父さんも昔はそんな事言ってたんだ」と温かい目を向けられるところだが、この世界には自分の常識では測り知れない事があると、7年前の出来事や旅中の経験などから影仁は知っているので、影仁はそんな目を影人に向けなかった。
「せっかくの提案だし、すげえ魅力的なんだが・・・・・・悪い。俺は1人で日本に戻るよ。ちょっとお礼言いたい人とかもいるし。それに・・・・・・今からすぐに日奈美さんに怒られる準備も出来てないしな」
影仁の答えは否だった。その答えを聞いた影人は影仁の意見を尊重した。
「確かに、怒った母さんは怖いもんね・・・・・・分かった。なら、俺は父さんが帰ってくるまで待ってるよ。もちろん、母さんと穂乃影にはまだ言わないから」
「すまん。そうしてくれ。出来るだけ早く帰るから」
申し訳なさそうに影仁が手を合わせる。影人はかぶりを振った。
「全然。でも、俺たちあれから引っ越したから家変わってるんだ。紙とペンある? 今の住所教えるから」
「あ、そうなのか。ちょっと待てよ、メモとペンは確か・・・・・・」
影仁がマントの内を弄る。すると、ボロボロのメモ帳と黒のボールペンが出て来た。影仁はそれを影人に渡した。影人はその紙に現在の住所を書き込んだ。
「はい。これが俺たちの今の住所。絶対なくさないでくれよ」
「あいよ。命よりも大事にするよ」
影人から受け取ったメモを影仁は大事そうに握った。メモに軽く目を通した影仁は「へえ、今はマンションに住んでるのか・・・・・・」と呟いていた。
「・・・・・・じゃあ、俺は日本に戻るよ。本当は俺もまだまだ話したいけど、そんな事してたら向こうの日が暮れるしね。話はまた今度、父さんが日本に戻って来た時にって事で」
影人はゆっくりと立ち上がった。影仁は自身も立ち上がると明るく笑った。
「ああ、そうしよう。ありがとな影人。今日は嬉しくて楽しかった。気をつけて帰れよ」
「別に礼はいらないって。俺もやるべき事をしただけだから」
影人は少し照れたようにそう返事をすると、影仁に背を向け数歩歩いた。そして、ズボンのポケットからペンデュラムを取り出すと、
「変身」
そう呟いた。すると、ペンデュラムの黒い宝石が黒い光を発し影人の姿をスプリガンへと変化させた。
「っ!? え、影人その姿は・・・・・・」
変身した影人を見た影仁が驚いた顔でそう言葉を漏らす。影人は半身振り返ると、その金の瞳を影仁に向けこう言った。
「・・・・・・俺のもう1つの姿ってところかな。力を使って日本に帰るにはこの姿でしか出来ないからさ。じゃ、またな父さん」
「っ・・・・・・ああ、またな」
疑問と好奇心が湧き上がって来るが影仁はそれらを抑え付け、再会を誓う言葉を返した。7年前と同じように。だが、今度はそこに悲しさはなかった。
「さあ・・・・・・試すとするか」
影人がシトュウから受け取った長距離間の転移の力を使用する。影人は自分の家の近くを思い浮かべた。
すると、影人の体が黒い光に包まれ始めた。そして、光が影人を包むと影人は黒い粒子となってその場から消えた。
「うおっ、マジで消えた・・・・・・ははっ、どうやら俺の息子は凄え奴になっちまったみたいだな」
その光景を見ていた影仁はそう呟くと、晴れ渡る青空を見上げた。
「・・・・・・うし。んじゃ、早速支度するか。まずは、ドイツのクラウスの所にでも・・・・・・」
影仁が気を取り直すようにそう呟くと、グゥと腹が鳴った。
「あ・・・・・・そういや、朝飯まだだったな。仕方ない、まずは朝飯確保するか。腹が減っては何とやらだ」
影仁は苦笑すると、釣り竿を持って再び川に向かった。
――こうして、とある親子の再会は果たされた。




